2012年5月28日 (月)
2012年5月27日 (日)
不器用な時代達3
ホンダだ投入したマイクヘイルウッド用のgpマシンは何とボア・ストローク39mm x 34.8mmのrc165で、250cc6気筒マシンであった。1気筒当り42ccとゆうコトはカブのエンジンよりも小さかった。
あんぷおやじはロボット屋でメカニズムが大好きである。精緻なキャブはソレックスかウエーバ、タコメータはスミス、見ているだけでワクワクしてくる。
それがいつの間にかボンネットを開けると訳の分からない電子に占領されたエンジン達なのだ。全く手のつけようが無い。
メカはメカ、電子は電子の領域をキッチリすみ分けしていれば、こんな事にはならなかった...あんぷおやじも電子の手先だろうが!...スマン。
画像は次男坊のバイクやで見つけたgpマシン用のホイルを付けたとんでもないバイク。
2012年5月26日 (土)
不器用な時代達2
超デジタルコピー社会は経済とは真逆で、技術格差を消し去ってしまった。
ロボットベンチャー時代に講演など頼まれ、そこで言ったコトはマイクロコンピュータ革命ではa社もb社も差が無くなる、いかにしてデジタル技術においてアドバンテージを取るか!を力説した。
あれから25年が過ぎて鉄のカーテンが崩壊して、正に世界規模でのデジタルコピー社会になってしまい、日本の優位性は薄れ技術立国が危うい状況なのデス。
再三言うが、この技術的閉塞状況を打開するには原理原則の”アナログ”でしかない。
あんぷおやじ流儀超デジタルサーボアンプは画像の基板で750wを叩き出し、何と基板の放熱容量で熱放出は十分だった。
この開発の根底はデジタルを超越したアナログ回帰だが...
2012年5月25日 (金)
2012年5月24日 (木)
2012年5月23日 (水)
2012年5月22日 (火)
2012年5月21日 (月)
2012年5月20日 (日)
2012年5月19日 (土)
2012年5月18日 (金)
2012年5月17日 (木)
2012年5月16日 (水)
2012年5月15日 (火)
2012年5月14日 (月)
ユタ州オーディオ奮戦記 了
本国から”至急戻れ”の打電があり、止む無く日本へ引き上げる事にした。
会社をやっていれば様々な問題に直面して、特に資金が潤沢ではないベンチャーは一番重要な加速期に失速し易い。
隣町にあるサウンドラボへコンデンサスピーカa1で相談に行く事も叶わなかったが、ウイルソンオーディオには訪問が出来て噂のオーディオメーカの会社なりが分かったコトは大いなる収穫だった。
ユタ州知事にも面会ができ、アメリカの場合州知事は大統領候補にもなる訳だから良い経験が出来た。ブリガムヤング大学学長からは日本語のサイン入りの聖書を頂いた。
かくしてsound tec llc あんぷおやじユタ州オーディオ会社は閉店となったが、アメリカ西部の山間地ソルトレイクの素朴な人々から受けた親切を記憶にとどめ、ユタ州オーディオ奮戦記は了としよう。
2012年5月13日 (日)
ジム.クラーク
wikipediaより:「ジム・クラーク(James Clark Jr. OBE, 1936年3月4日 - 1968年4月7日)はスコットランド出身のレーサー。フライング・スコットの異名を持つ。
F1の歴史において最も優れたドライバーのひとりに数えられ、天性の速さの資質においてアイルトン・セナと並び称されている。
1968年、第2戦スペインGPまでのインターバルの間の4月7日にドイツのホッケンハイムで開催されたF2レースにロータス48で出場したクラークは、突然コースアウトして木に激突し、事故死した。」
ホッケンハイムへ訪れたのは1996年の4月24日のコトで、ジム.クラークが亡くなってから28年が過ぎて更に現在44年が過ぎてしまった。
ジム.クラークの名前を覚えている人など団塊くらいのモータスポーツファンにしか居ないだろうし、風化はどんどん進みやがて歴史上の伝記伝説となる。
この時期あのひんやりして澄んだ空気のホッケンハイムサーキットを、ジム.クラークと共に思い出す。



















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