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2006年12月22日 (金)

ジムクラーク物語3

Photo_15 その後ハイデルベルクを観光して一路アウトバーンでフランクフルトへ戻った。急ににわか雨が降りそして突然止み、虹が2本出た、瞬間来たなと思った。

すると虹のすそのがあんぷおやじの方へするすると伸びて来て取り囲み虹に包まれた。本能的に写真はいけないと思いじっとしていた。隣のガイドは前方を見たまま、まったく気が付かず車を走らせる。

どの位の時が過ぎたのだろうか虹は消えた。あの雨はジムクラークの涙だと勝手に決めた、そしてジムクラークがお礼に来たのだと。こんな体験は後にも先にもこれっきりだ。 家に戻り家人に虹の話をしたら2本なんて見た事有るよと言われた。あんぷおやじはこの時が始めてだった。

その後アイルトン、セナの墓参りでブラジルへ行ったが何も起こらなかった。 

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ジムクラーク物語2

Photo_14 F1ホッケンハイムサーキットはさすがに広くしかしF1通のあんぷおやじはストレートの位置が大体分かっているので裏側へ廻り何番ポストかのスタッフに聞いた。

”日本からわざわざジムクラークに墓参りに来た”と通訳してもらう。ここへ車を置いていきなさい後は歩いて1Km位だと。

その場所は今はシケインになっていた。質素な墓だ、”遅れたがやっと来たよ”と花を手向けて冥福を祈った、涙が止まらなかった。

帰り際に何番ポストかへ寄ると何やらガヤガヤしていて何人かが興奮した面持ちで握手を求めてきた。ポスターだのチケットだの沢山土産に貰った。何番ポストかのドイツ人達はにわかに何事か分からなかった様である。

”わざわざ”日本からジムクラークの墓参りに来た事に気が付いたのだろう。

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ジム・クラーク物語1

Photo_13 昭和43年4月7日(1968年)
コーリン・チャップマンロータスのジム・クラークはホッケンハイムのストレートでF1ならぬF2のレース中に立ち木に激突して帰らぬ人となった。ジム・クラークファンのあんぷおやじは大いにショックを受けたが”いつの日か墓参いこう”と漠然と思った。

それから随分時が経ちフランクフルトへ仕事で出張した。1日休暇がありガイド付きで観光が出来る幸運に恵まれ、観光地ハイデルベルクや名画の宝庫シュテーデル美術館などは直ぐに決まった。

地図を見るとボッケンハイムと読めるではないか?ドイツ語が全くダメで、もしやとガイドに聞くとホッケンハイムと読んだ。おー!これまた何と言う幸運だ。早速予定を変更してF1サーキットホッケンハイムへ向かった。

何軒もの花屋を回り、苦労したが菊に似た花を買い込んだ。

 

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