« ビレッジバンガード 4 | トップページ | サンフランシスコベイブルース 12 »

2007年7月12日 (木)

マン島TTレースとRC165

Photo_314次男がバイクのチューニングをやっていて、DUCATI 900 SUPER SPORTを一休さんのお店で見た。国産車にはない魅力があり乗ってみたいと思うが免許がない。先日ドカティの250ccオールドモデルの写真を見てから過去に遡るタイムマシンに乗ってしまった。

Honnda子供の頃少年マガジンをにぎわしていたのがマン島で活躍するホンダのレーシングマシンで夢中になって見ていた。それ以来”2輪のホンダ”のファンになった。

1961年はホンダがマン島TTレースで優勝した年だ。レーシングマシンは125cc2気筒4バルブの2RC143だ。少年マガジンのグラビアにたしか6気筒も載っていたはずだ。6本のマフラーは強烈でしっかり記憶に残っていたが排気量その他のスペックは忘れてしまった。

6気筒のデータとそれを操るマイク.ヘイルウッドの写真が出てきた。レーシングマシンは250ccで6気筒4バルブRC165で1964年に登場した。やっぱりそうか、中学の頃少年マガジンで見ていたのだ。250÷6=42cc、1気筒あたり42ccで4バルブ、だから組み立て時にバルブをピンセットで掴んでいたのだ。回転数は18000rpmで1秒間に300回転、4ストだから1秒間に150回爆発している。凄いね!その後125cc5気筒20000rpmも登場した。

マイク.ヘイルウッドの写真からハングオンスタイルで強烈にコーナーを攻めている様子が分かる。今ではさらに腰を落としこんでコーナーを回るが当時としたら画期的なドライビングテクニックだった。その天才ライダーが一般道での交通事故で亡くなったのは皮肉な事だ。

日本には世界に誇れる独自の技術がたくさんある。それが我等が静岡県から多数出ている事も誇りだ。ジョン.サーティーズのF1もそうだがホンダは凄い事を次々にやってのけた。

|

« ビレッジバンガード 4 | トップページ | サンフランシスコベイブルース 12 »