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2009年6月30日 (火)

イタリア紀行

Itria1還暦の節目で家人とイタリア旅行に出かけた。

ローマではバチカンの奇跡に遭遇して、カプリ島では世界の富豪を垣間見て、シエナでは世界遺産に寝そべり、サンジミニヤーノでは迷子になり、ピサの斜塔の美しさに度肝を抜かれ、フィレンツではメディチ家のその強大な力に圧倒され、ウフィッツ美術館では画聖ボッチチェリに会い、ベネチアではイタリアの伊達男の漕ぐゴンドラに乗り、ミラノではフェラーリ本店でシビレまくり...

何十年かの夢の実現でミケランジェロに会い、見えたか見えなかったか、時間の高密度高加速度に翻弄されて...確かに出会った。

良き旅の仲間に恵まれ十分過ぎる”節目”に大いなる意志に感謝した。写真の枚数が5000枚近くに上り、整理しながらイタリア紀行を綴る事にします。

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2009年6月25日 (木)

レコード学 その4

Kim88レーベルを結構買い込んでいたのには驚いたが、買った事はすっかり忘れていた。

Lsdy Kimのleft aloneはビリーホリディの再来を売りにしたレコードだが、文部省推薦如き健全なビリーホリディで決して重たくはない。重たくないから聴き易い。

クレジットに野口先生の息子さんの名前があり、たまげた。ピアニストとは聞いていたが...

Kim3ここの所レコードの調子も上がって音楽の解釈が変わり、中々最新録音も良いではないか、に変わる。

こちらのアルバムはEverything Must Changeでベースはなんと坂井紅介さんで、これまたたまげた。チャリートさんのバックバンドで清水へこられ、その卓越した感性、技術に感心した思い出がある。

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2009年6月19日 (金)

レコード学 その3

Elvinレコードの整理で次々と宝物が発掘され、さしずめゴールドラッシュ?

音を聞いてお!っと聞いたことがある。それもそのはずチーフエンジニアが八十八先生の所のスズキさんで、グレートジャズトリオの録音に参加してデビット.ベイカーさんの音作りを熟知している。シンバルの撮り方が特徴的。

伊藤八十八さんはベイシー菅原さんから紹介された時思わず伊藤先生と呼んでしまい、以来勝手に先生と決めた。気さくな方で大物プロデューサーとは思えなかった。

ソニーミュージックの社長をされその後88(エイティエイツ)レーベルで数々の名盤を出されているので、積極的に購入していたが忘れてしまっていた。

思い出されるは亡きエルビン.ジョーンズさんで、楽屋で奥様からしっかり管理された食事風景に、ほほえましくもいささか滑稽で乱舞するドラミングよりも記憶に鮮明。

エルビンの演奏には針を落とせば何時でも会える。

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2009年6月18日 (木)

SME3012 その2

Ofc1”あんぷおやじーなんで作者が同じなのにうちのプレーヤの方が音がいい?”とジャズバークレイドルが聞く。

”そりゃあアームの引き出し線が銀のリッツ線より銅ofcのリッツ線の方が、jazzには向いているよ”と言う。

Ofc2分かっているが簡単には交換できない。0.1mm99.99%の金線はハンダの熱で溶けて無くなるし、最大の難関は何ミクロンかの銅のリッツ線(髪の毛より細い)のエナメルを剥がし0.1mmの金線にハンダ付けする事で、見えん!

クレイドルにそう言われると気になり出し始め、心眼でエイ!ヤーと交換した。音は聞きなれた安心感のある音だが、クレイドルはオルトフォンspuゴールドリファレンスで役者が違う。

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レコード学 その2

Pabloグッドタイミングレコードへお爺さんがレコードを売りに行くと”買取はやっていないのですみませーん”と断られた。

その親切過ぎるレコード屋さんは”あんぷおやじの所へ持って行きなさい、引き取ってくれるはず”と言ったそうな。

重そうにレコードを小脇に抱えてそのお爺さんが見えた。ざーっと見て”こんな金額では如何?”するとお爺さんは慌てて”なんとかなりませんかねえー”と言う...ようがす!と言い値で引き取った。

レコード復活劇で忘れていたそのレコードを整理するとpablo盤がごっそり出てきて、居合わせた若旦那が”凄い”とたまげた。早速pabloのカウントベイシーを聴くが、今度はあんぷおやじが腰を抜かした。

jazzは50年代が黄金期で60年代で終わりだぜ!なんて知ったかぶりをしていた...ノーマン.グランツのプロデュースで1970年代終わりに巨匠が集められた最後の花火的レコードがpablo盤だった。程なくしてcdの登場を迎える。

あのお爺さんは、知ったかぶりあんぷおやじを諭すためにjazzの神様が使わしたに違いない?

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2009年6月17日 (水)

真空管アンプの威力

Sa3期せずして真空管アンプの威力を知る事となる。

ハイエンドアンプのフォノイコライザーを何種類か使ってきた。celloのrmcやfmアコースティックはmcトランスを使用しないトランジスターヘッドアンプ内臓のイコライザーで、それは凄いレコードの音がしていた。

カートリッジが腰砕けで暫く休み最近レコードの復活を見たが、オルトフォンのspu-aでやる気をなくしていた。あーいかん!いつの間にかあれも無い、これも無い病になっていた...spu-aに申し訳なく反省。

そこであるもの総動員作戦でカウンターポイントsa3のフォノイコライザーを最強のコンデンサで固め、真空管をとりあえず真面目な国産tenの6cg7に変えた。途端に今まで眠っていたカウンターポイントのsa3が魅力的なフォノイコライザーに変身した。

前出のトランジスターハイエンドアンプはきめ細かくて凄いが、真空管sa3は色と艶でjazzには圧倒的表現力でたまげた!これが真空管アンプの威力か...

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2009年6月16日 (火)

レコード学 その1

Lp2年ほど前だが友人が”あんぷおやじー、レコード捨てようと思ったけれど置いてっていい?”勿論!噂が飛び交いレコードを引き取ってくれるらしい?とゆう事になり持込が増えた。

さすがに閉口してご遠慮願ったが捨てるには忍びない文化遺産で、21世紀は捨てる世紀とも言える。

レコードだぜ!と言っていた時期には埃のパチパチもアナログの良さやーと痩せ我慢で息巻いていたが...

やおらレコードを取り出しターンテーブルに載せ回転させながら埃を払いアームを所定の位置に移動してアームレストで軟着陸させ曲がスタートする。全ての動作が手動で自動化は全く進んでいない。

最新の合理化便利化の産物が正義で古いものは非正義で捨ててしまえ!となるがcdも同じ運命を辿り、踊らされると気が付けば自分を捨ててしまえー!になる。くわばらくわばら...

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2009年6月15日 (月)

デジタル録音機

Dc_2伊豆dcアンプの雄”dcアンプマニア”さんが持ち込んだハイテク録音機で、従来のカテゴリーでは分類し辛いが録音機には間違いない。

24bit.adコンバータとハードディスクそれらを管理するcpuにバッファメモリーで構成されていると想像つく。勿論マイクは金田式dcマイクの最小構成で、ライブ録音にはうってつけ。

参考までにと録音済みを聞かせていただいた。本人は失敗した録音と言っていたが音楽的でプロの録音に無い魅力でたまげた。

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2009年6月13日 (土)

Mark Levinson LNP-2L

Lnp2l これだけ歴史を変えたアンプは無い、と言えるし確実に歴史に名を残した。使っていたcelloのアンコール1mΩは歴史に残るとは思えないし新生violaも然り。

1973年はintel4004のマイコンに触発された時で、時代は正にコンピュータ革命に突き進もうとしていた。期せずしてマーク.レビンソンのLNP-2Lが誕生し時代の産物とも言える。

Lnp日本円で90万円、当時のあんぷおやじの給料2年分に相当して法外な値段に”良い度胸だ売れっこない!”が売れてしまった。

パワーアンプでは愛着のあるcello performanceがマーク.レビンソンとトム.コランジェロ最後のコラボレーションで、歴史に残ると決めている。

画像は若旦那のcello performanceとLNP-2Lで、あんぷおやじが元気な内は”介護”は引き受けたから心配ご無用と伝えてある。

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システィーナ礼拝堂 その4

Vac大作と言っても実績は100号止まりで富嶽美術展狙いは200号で企んでいる。

問題は大作になればなるほど物語の重要性が生じ、上手いだけではダメが明らかになる。強烈に主張する物語(思想)が欲しく、ここに費やす時間の方が作画時間より遥かに長い。

バチカンはカトリックの総本山で、この超大作に置ける物語は旧約聖書になり唯一無二の思想をミケランジェロは頑なまでに忠実に再現した。

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2009年6月 7日 (日)

レコード復活 その3

Lpメインシステムへレコードを組み込んでみたが、cdとのチューニングの違いで思わしくなく断念した。レコードを休んでいる1年間にcdが飛躍的な進化を遂げて、レコードは完全に置いてきぼり状態で二兎は追えずか...

そこでサブシステムjbl2220b、2441、075の一関ベイシーと同じシステムにvenus soundの2a3アンプ+カウンターポイントsa3+レコードシステムでどうよ。

まだまだ上が出ん、そこで075は諦めレイブンのリボンを2連発角度付きを組み込み、これで上が伸びて駆動はしないが、小音量でボーカルを楽しむには何とかなった。

ついでに倉庫代わりになってしまった和室も、1年ぶりに客室として使えるようになった。

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2009年6月 5日 (金)

レコード復活 その2

Dp801年のブランクは大きくemtのtsd15はダンパーのへたりで使えず、オルトフォンのspu aは片チャンネル音が出なくて万事休す。

そこで諦めたのでは当分音が聴けず情けない。意を決してspu aを分解した。引き出線用の丸バスにコイルのリード線が絡めて半田付けしてあり、そこの断線だった。

糸くずと見間違える位の細線は目で見ても見えず特技の心眼でエイ、ヤー、失敗の連続、リード線はどんどん短くなる。悪戦苦闘の末奇跡的に半田付け成功!

よし!と気合で音出したが情けない音にガックリ、まあ仏滅では仕方ないか?

静岡空港開港をニュースは伝えるが、安全第一の航空機事業で仏滅の開港日とは随分思い切った事をしたものだ。

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2009年6月 4日 (木)

レコード復活

Lpemtのtsd15の腰が抜けて久しく10万円ものカートリッジ修理費に呆然の1年が過ぎて、レコードは?とゆうお客さんが多く、抜けた腰を上げた。

伊豆のdcアンプ集団の来襲にも備えての準備だが、如何せんやる事が多すぎてチト後悔している。cdの音が余りにもしっかりしてきて下手なカートリッジでは対抗できず...うーん困った。

mcトランスはパートリッジをアルミ10mmケースに組み替え、フォノイコはとりあえずカウンターポイントsa3を使う、いずれ近いうちにあんぷおやじ流フォノイコを作る。問題のdenonのdp-80は未だサイン波駆動が出来ずオリジナルのまま。

一通り整備が終わり音だしするが余りにも情けない音で又腰が抜けた。一応聴けるのだが...

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レイオーディオ

Kinoshita

割烹”わかすぎ”の若旦那は”木下モニター”で良いスピーカだ。高剛性な箱の作りが抜群で見た目の通り腰の据わった堂々たる低音で、尚且つ緻密さもあり能率の良い現代的スピーカ。

部屋の広さが20畳弱でダブルウーファを考えるより1601bにした方が良いのかも知れない。

今の所改造はやっていないが、いずれcelloのパフォーマンスが落ち着いた所で改造を企てる。

altec,jblの音には馴染みはあるが、レイオーディオは未知の領域で何となく凄そう!

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2009年6月 2日 (火)

Cello Performance 改造 その1

Celloハイエンドと称するパワーアンプを何種類も使ったがCello Performance が一番気に入っている。同じCelloのモノ150やデュエット350も使ったが彫りの深さが違う。

ただし使い方は日本刀の上のバランス的な所があり誰でも運転できる六本木カローラとゆう訳にはいかない。

Bravo最高のアンプは(お好きにどうぞ?)ViolaのBravoと決めているが、あれだけの駆動力は平均台の幅程にバランスがあり容易に運転できる。

Cello Performance は特技の完全解体改造技術で隅々まで見渡してあるので、若旦那にあんぷおやじが生きている間は何があっても大丈夫と伝えてある。その日本刀的バランスを太い平均台的バランスに改造計画が進行中デス。

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