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2009年7月31日 (金)

SAE2600 remodeling NO9

Sae2600ドライブ段は発熱が大きくすべての容量を大きくする。

ドライブトランジスターはpcが25w程度のトランジスターだがこれも出力段とおなじmj15024,25に変えてみよう。

抵抗のw数はお話にならないほど小さく設計不良?そこでohmiteの10wに変更してドライブ段の強化をする。

この際だから思い切って出力段トランジスターも全交換を企てる。常用のmj15024,25を選別してペアリングし全数を交換しよう。

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ミケランジェロ・ブオナローティ ピエタ像

Pieta103枢機卿ラグロアと金貨450ドゥカーティの報酬で契約を交わした、と興味深いくだりがありこの金額が現在ならば幾らなのか?

金額もさることながら高級白大理石のこれだけ大きな一枚岩が手に入る事自身、バチカンの大いなる威光なのだろう。

Mic311972年に一部が破壊され現在は防弾ガラスの向こうの人になってしまった。

鼻先に割れた痕がが見られ修復した部分か?その割れも含めて憂いを湛えた表情は奥深い。

現在バチカン美術館の入館は空港並みのセキュリティで厳しく、妙な物は持ち込めない。

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イタリア紀行 その76 シエナ

Sie38ドォオモ(大聖堂)は丸天井のドームがありここの装飾が大聖堂の権威でもある。シエナのドォオモは大きくはないが緻密な文様で素晴らしい。

Sie40ここが主たる祭壇になるのだが実に美しい。

Sie37床の大理石修復作業を目撃した。大勢の観光客の中で床に向かい黙々と作業を続けている。

割れ、欠けの補修で同じ色の大理石粉を接着剤と合わせて塗りこんでいるようだ。

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イタリア紀行 その75 シエナ

Sie50シエナのドォオモへ向かう道すがら、お洒落な土産物屋が結構ある。

Sie51酒は飲めないのでワインも全く分からないが、トスカーナ地方はイタリア最大のワインの産地と説明がある。

世界遺産オルチア渓谷がそれ。

Sie54お土産物屋はいつの間にか家人が撮影していたモノで、視点の違いが後で参考になる。

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2009年7月30日 (木)

ミケランジェロ・ブオナローティ ピエタ像

Pieta221 ミケランジェロの彫刻の中で25歳の若さで作り上げた傑作”ピエタ像”が唯一無二と決めてサン.ピエトロ大聖堂を訪れた。

つめ掛けた多くの観光客の一人としてピエタ像と対峙した瞬間、静寂が訪れて(そう感じた)唯一無二を確信した。

バチカンの依頼でローマへ来たミケランジェロは”古代ローマ彫刻の影響を受けた”とあるが、そうは思えない。むしろフィレンツェへ戻り製作した”ダビデ像”に色濃く影響を感じた。

Pieta72時代を揺り動かす傑作は、外面的表現では突然変異的に現われ(ミケランジェロの体内では既に熟成されていた)後にも先にも越えられない。

ピエタ像の発明は随分示唆的で、硬い大理石から”柔らかい”を表現する。

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イタリア紀行 その74 シエナ

Sie34外からは単なる丸窓にしか見えなかったが、見事なステンドグラスで素晴らしい。

Sie36 光が信仰なのか?信仰が光なのか?光の操り方が実に見事で荘厳なシエナドォオモの内部。

Mic5ミケランジェロ,ベルニーニの彫刻もあるが、展示品はレプリカとガイドさんから説明がある。

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イタリア紀行 その73 シエナ

Sie33ドゥオモの頂点は三角の形状に美しい金箔が施され、それにキリストとマリアさまがモザイク!で描かれている。その下にはステンドグラスの大きな丸窓がある。

三角と丸で”おでん”みたいな単純な構図を、緻密な大理石の装飾彫刻等で感じさせない”技”は凄い!

Sie481たいていは格調高くする為に複雑な形状を持ち込もうとするが、単純な三角と丸でイタリアで最も美しいゴシック様式を作り上げてしまった。

ただ今までの渋い赤レンガの町は何?

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2009年7月29日 (水)

イタリア紀行 その72 シエナ

Sie30入り組んだ迷路のようなシエナの狭い路地を、ある方向へ向かって進んでいる。

その方向とはドゥオモ(大聖堂,Duomo)で、シエナ観光の目玉になる。

Sie31赤レンガ(茶褐色)の古都風景にすっかりなじんでしまい、突然現れた白黒まだらのドゥオモは凄い!がとんでもない違和感に戸惑う。

どーもイタリア人は人を驚かすことに喜びを感じているようで、すべからく”突然”表れ腰を抜かす。

Sie32侘び寂びにも通ずる赤レンガの建物群とは異なり、桃山文化風絢爛豪華なドゥオモはまさに風景のデジタル変化に感じた。

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イタリア紀行 その71 シエナ

Sie23時折建物の上のほうにマリア様の絵があったりして、信仰心の篤さを感ずる。

Sie25建物群の中は狭い路地が縦横に走りまるで迷路だ。

この迷路構造は、人間の動きの速度まで制御してゆっくり歩くことになり、これが心を穏やかにする要因にも思える。

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2009年7月28日 (火)

SAE2600 remodeling NO8

Sae2600_2電源が音を出している事は間違いない。

そこでsae2600の電源部を観察すると実に単純、dc電圧が±100vで交流電圧70vのセンタータップ整流になる。

ここでは3種のテストを行う。まず電源トランス、現在のeiコア式にタムラのトロイダルコアの比較、電解コンデンサは日立に加えてニチコンとフィリップスの比較、cello performance のトランジスターmj15024,25で定電圧電源を作りその効果は?

いずれも理屈ぬき、cello performance の繊細さに色気がついたような音が出れば良し!

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イタリア紀行 その70 シエナ

Sie21いよいよさっき見た赤レンガの折り重なる建物群の中へ入って行く。

Sie22渋い茶褐色の赤レンガの建物の谷間は、以外にも中世歴史の重圧など感じさせない。

心が穏やかに、そして優しい気持ちにさせる不思議空間でもあった。

Sie24次第に昔描いたヨーロッパの風景画、印象派勉強時代に描いた絵に重なる。

それがここシエナだったかは定かではないが...?

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イタリア紀行 その69 シエナ

Sie19 人は見ているが見えない。

Sie17 一生懸命見ようとしているが見えない。見えるとしたら膨大な情報量の中の僅かな”断片”でしかない。

Sie20絵を描けばすぐ分かる、対象物を見て記憶し絵筆に絵の具を乗せ描くが”えーと何だっけ...”なんてことは年中で、記憶装置にどれだけ多くの情報を詰められるかが、天才と凡人の違いと言える。

凡人あんぷおやじのプアーな記憶装置では、やはり見ているが見えない。

そこで確かな情報格納記憶のために多くの写真を撮る。

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2009年7月27日 (月)

SAE2600 remodeling NO7

Sae2600遂に寺内貫太郎あばれはっちゃくアンプのsae2600が、自分で真っ赤になりドカーンと尋常ではないノイズを発した。

留守中の出来事でroaが腰を抜かしたらしい、知らず夜中に出張から戻り電源を投入したらドカーンときて、腰が抜けた。

腰が抜けると決心がつき暫く引退させる事にして本格的SAE2600 remodeling を行う。

電圧増幅基盤、ドライバー段、は基板を外部で詳細に点検できる治具を作り改造と同時に動作安定度の向上を目指す。

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イタリア紀行 その68 シエナ

Sie15”麗しのイタリア9”ツアーメンバーがここのポイントで記念撮影に忙しい。

赤レンガ造りの建物が実に美しく見入ってしまう。

Sie16だいたいこのようなビューポイントに佇めば何時間か時間が必要なのだが...写真を撮り終えると、もう移動になる。

Sie18来た方向を振り返るとその方向も美しい。

緑の中心は、ローマでよく見かけた上で枝が開くローマの松、この先次々に登場して”ひまわり”に続き守護神になる”糸杉”たち。

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イタリア紀行 その67 シエナ

Sie14シエナのドゥオモ(Duomo)が見える。

赤レンガ(茶褐色)の建物群にあって白、黒(緑黒)まだらの大理石がまったく調和せず、え!っと驚く。

修復中の足場も含めて凄い迫力で迫る、後にドゥオモの見学で更に驚くことになる。

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2009年7月26日 (日)

イタリア紀行 その66 シエナ

Sie9 幾重にも重なる赤レンガ色の中世の建物、その向こうにそびえるえらくノッポなマンジャの塔。

衝撃的な赤レンガだが茶褐色レンガと表現した方が正確で、13世紀中世が重き色彩となってのしかかる。

しばし呆然と風景を眺め自然の方が偉いを撤回して、人間の方が偉いか?いやいやこれは既に時間とゆう自然に埋もれている。

えらい物を見てしまった...

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イタリア紀行 その65 シエナ

Sie7後で気がつくが正面の古い建物は”町の蓋”で、驚愕のシエナの風景を見せないように蓋をしていた。

Sie8古い建物の間を抜けると古都シエナの町並みが突然姿を現す。

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イタリア紀行 その64 シエナ

Sie5 古都シエナ観光の駐車場へ到着、車の多さにここが観光地であることが分かる。

Sie6 シエナを守る城壁か?ここでバスを降りいよいよシエナ観光が始まる。

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イタリア紀行 その63 シエナ

Sie3 あー!古都”シエナ”が消えていく。

まったく謎めいてバスの移動とともに陸中へ沈んでいく。

Sie4 すっかり沈み込んでしまい何事も無かった丘陵地帯、シエナ直前でした。

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イタリア紀行 その62 シエナ

Sie1突然今までの古い町並みとは明らかにスケールが違い、存在感がまるで違う町の塊が現れた。

それはまるで宮崎駿の”天空の城ラピタ”にも似て、忽然と姿を現し丘陵地帯に浮かぶ”天空の古都”と表現しよう。

Sie2世界遺産”シエナ”の登場デス!

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イタリア紀行 その61

Tsu10次々と古町が現れ忙しく寝てられない。

時折瞼が重くなる所を”ガソリンより高いミネラルウオーター”を飲み、眠気を吹き飛ばす。

Tcu16実に絵になる風景でモチーフとして幾らでも欲しい!

Tsu12断崖にもへばりつくように古い家々が立ち並び迫力の風景。

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2009年7月25日 (土)

イタリア紀行 その60

Tsu9 シエナまでの距離は230kmだが快適なバスの旅で負担にはならず、次々登場する風景に目を奪われる。

Tsu10守護神”ひまわり”は農作物で種から油を取る為に栽培されている。

添乗員の博学k下さんから突然”ひまわりは必ず太陽の方向を向くか?”と問われ、向くよなーと思っていたら、年寄りひまわりは力尽きて太陽の方向を見失うらしい。

そうか還暦が素直でないのは力尽きてその方向を向けないからだな、きっと...

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イタリア紀行 その59

Euroローマとフィレンツェを結ぶユーロスターを遂に捉えた!

高速道路A1と付かず離れずがイタリアの新幹線で、共用路線をユーロスターは走行しているようだ。

Euro2ドイツのインターシティエキスプレスICEには乗り、ユーロスターを見て、残るはフランスのTGVか。凄いのはこのユーロスターのデザインがピニンファリーナ。

映画アマルフィでテルミニ駅A3ホームが出てくる。同じ場所でユーロスターの写真を撮ったが、ぼけてその後消し去った。

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イタリア紀行 その58

Tus6 突然前方に城壁とも要塞ともともとれる古い町の塊が見える。これだからバスの移動中も寝ちゃあいられない。

Tsu7 素晴らしく絵になる古都?で勿論絵のモチーフ、トスカーナの前後に多く見られた古い町です。

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イタリア紀行 その57

Tsu3車窓から牧歌的なイタリアの田舎が見えて、イタリアは農業国であることが分かる。

この様な風景を膨大な量写真に収めたが、目的は絵の背景にミケランジェロと同じ風景を見たかった。

Tsu5高速道路E35の表記と一緒にfirenzeの文字が踊る。

Tsu4高速道路は南北を結ぶ主要幹線だが混雑も無く、その上美しい高速道路だ。

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イタリア紀行 その56

Roma6月24日7時45分、名残惜しくもローマを後にしてトスカーナの古都めぐりに向かう。

バチカンの奇跡に翻弄され今日は何日目なのだろうか?もう随分長くローマに居るような錯覚が支配する。

そのローマに一言!マッカーサーの言葉を引用”I shall return 私は戻って来る”...

観光ツアーの良いところは機械仕掛けのスケジュールで、感傷に浸っている間もなく次ぎへの移動となる。

さて目指すはトスカーナだが、そこで見たものは?...驚愕の景色に出会う事になる。

Tsu1映画アマルフィにも出た高速道路A1は”アウトストラーダA1”といいナポリからミラノまでの760kmに及ぶ。

Tsu2更に欧州連合のE表記もありE35=A1でトスカーナへ北上する。

ほーらご覧!”麗しのイタリア9”の守護神”ひまわり”が早速姿を現し道中の護衛についてくれた。

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2009年7月24日 (金)

イタリア紀行 その55 ローマ

TomokoA1でローマへ無事帰還する。

この日は終日自由行動で夕食がなくガイドさんからテルミニ駅近くの”tomoko”さんがイタリアンで美味い!と聞いていたので何人かで訪れた。

Roma1k谷夫妻とシェアして食べる事にして多くの種類を欲張り注文する。

Roma2ピザにパスタにスープ他イタリアンに和風テイストもあり、やっとローマで満足する食事にめぐり合った。

Roma3オーナーのtomokoさんとレストラン入り口で記念撮影をする。ローマへ行かれたら是非寄って見て下さい。江戸っ子のように気風のいいローマっ子肝っ玉かあさんで、元気が出る事請け合いです。

tomokoさんありがとうございました。

Roma23そして6月23日はローマ最後の夜となった。

ローマ最後の言葉は”ローマの休日”から引用します。

”...ローマです。なんと言ってもローマです!私は生きている限り、この町をいつまでも懐かしむでしょう...”

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イタリア紀行 その54 ナポリ

Cap24高速艇で無事ベヴェレッロ港へ戻る。ナポリにも別れを告げる時が来てもう一度ベスビオス火山の写真を撮る。

映画アマルフィは高速A1で世界遺産アマルフィまで南下したように我々もA1で南下した。帰りはA1でローマに向けて北上する。

Cap25山頂に修道院が見えて修道院で作る土産物ドライブインへ立ち寄り、いつものシステムで買い物する。

Winここで有名な”キリストの涙”とゆうワインを手に入れた。

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イタリア紀行 その53 カプリ島

Cap22”麗しのイタリア9”の特長は、自由時間はあるが超多忙である事。

よってニューヨーカー並みの足の速さを要求され、短足のあんぷおやじは足が高回転ですぐ油切れを起こす。

この辺りが世界の富豪が出没するカプリ島のダウンタウン?になる。

Cap28ダウンタウン?を抜けるとカプリ島で一番美しい場所に出る。

Cap26_3これほど美しい場所は初めてでその雰囲気は写真では伝わらない。

こりゃあ何なんだろうね、イタリア人の持つ潜在的美意識か...

Cap29_2”青の洞窟”は見ることが出来なかった...と言う事は”またお出で”とカプリ島は言っているのだろう。

Cap21最後にいつもの通りトコロテン式に土産物売り場に行き、なんら迷う事無くしっかり買い物できるシステム、当然日本人の店員さんが居て、抜かりない。

カプリ島に感謝して分かれを告げた。

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イタリア紀行 その52 カプリ島

Cap27人間より自然の方が確かに偉いと思えるが、どっちが美しいとなった時人間が勝つ事もある。

Cap31まさにこの3つの写真は自然を人間の建造物が芸術化して、見事としか言いようがない。

Cap30この風景はアマルフィにも勝るとも劣らない。

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イタリア紀行 その51 カプリ島

Cap19素晴らしい天候に支配されて正面にナポリのベスビオス火山が見える。歴史の重みの中に居る自分が凄い!

Cap20カプリ島の風景は自然と人工の見事なまでの調和でたまげる。

Cap236月23日はイタリアでは夏の季節になるのか?断崖絶壁と積乱雲は”絵”になる。

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イタリア紀行 その50 カプリ島

Cap15ソラーロ山山頂に別れを告げタイミング良くリフトに飛び乗り、地中海を見下ろしながら一気に降下して気分は爽快!

Cap16両手に杖を抱えた足の悪いイタリアのおばあさんが、よろめきながらリフトから降りてきた。

その足の靴紐が解けてピンチ!見つけた家人がやさしく結び直してあげて、小さな親切。

小声でグラッチェ!とおばあさん。

Cap17待望の昼食はお洒落なレストランでその雰囲気に浸り、味はまあいいか!と決めて向かう。

Cap18食事はまあいいか!と決めた通りだが...いい雰囲気で十分すぎる。

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2009年7月23日 (木)

イタリア紀行 その49 カプリ島

Cap13ソラーロ山の山頂には立派な売店と休息場所がある。

もう3日目になると怪しいイタリア語は益々怪しく、平気で操る。よくよく考えたら日本人が多く日本語でも通じた...?

Cap8好物のジェラードをいただき地中海の降り注ぐ太陽に思わず睡魔に?後方のお二人はk谷夫妻。

Cap9”青の洞窟”以上?の素晴らしいソラーロ山からの眺めに十分すぎる満足感を味わい、満面の笑みの家人。

この直後!僅か5cm(50mm)の段差を真っ逆さまに落下して転倒、手足をしたたか打ち暫し呆然”好事魔多し”...

その痛さと共に南イタリアの楽園”カプリ島”の地は永遠に心に刻まれる事となった。

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イタリア紀行 その48 カプリ島

Cap11行動パターンの最初は最高の写真を撮ってやろうで、断崖絶壁からカプリ島を見下ろすが、すさまじい高さに足がすくみへっぴり腰。

Cap7その眼下の写真がこれ!

Cap12_2ソラーロ山山頂からの眺めは、自然のほうが”偉い”を素直に認めさせる。身を乗り出して撮影するが腰は引けていて、ピューリッツァー賞のカメラマンは無理。

Cap6その眼下の写真がこれ!

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イタリア紀行 その47 カプリ島

Cap4_2007(ダブルオーセブン)が狭い道をカーチェイスをしているが如き巧みなドライビングで、一気にリフト乗り場まで駆け上がるイタリア人迷ドライバー。

リフトでソラーロ山の山頂(海抜600m)まで、時間にして10分間の空中遊泳と洒落込む。

Cap10このリフトが随分スリリングでもうたまらん!余りの高さに正直怖い。

Cap5眼下には地中海と白い建物がいかしたコントラストで美しい。

かなり荒っぽい到着のサポートを受けるが、無事リフトから降りる事が出来た。

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2009年7月22日 (水)

イタリア紀行 その46 カプリ島

Cap12ベヴェレッロ港から高速艇で1時間弱乗船すると、目的地のカプリ島マリーナ.グランデへ到着する。港には大富豪のクルーザーも停泊している。

Cap10カプリ島は辺り一面断崖に瀟洒な白い建物が点在して実に美しく、映画”アマルフィ”にも負けない。

Cap11えらい事になった!”青の洞窟”は高潮で入れない、と日本語の掲示板が出ている。これだけ良い天気でも入れないのだ。

Cap12しかし皆さん全く落ち込まずカプリ島の”ソラーロ山”登頂ツアーに気持ちを切り替えた。

変わり身の速さは流石で、逞しい。

”バチカンの奇跡”は続きこのソラーロ山登頂ツアーは”青の洞窟”に勝るとも劣らなかった。

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イタリア紀行 その45 ナポリ

Cap6早速ベヴェレッロ港へ向かうと港ギリギリにヌオーヴォ城がそびえ、要塞の雰囲気で迫る。

Cap7豪華客船が停泊していサンタ.ルチア港は世界有数の観光港である事が分かる。

Cap8家人の背後にはベスビオス火山の稜線が見え反対側には有名なポンペイ遺跡がある。

サンタ.ルチア港は世界一きれいな港で有名だが、我らが清水港だってたいしたものだ。年に1,2回は世界一周豪華客船も来るし、ヨットハーバーだって幾つもある。昔は海に突き出た古松越しに富士山が見えて世界一の美港だった...

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イタリア紀行 その44 ナポリ

Cap3ローマからナポリは約200kmの距離だが、高速道路の混雑も無く快適なバスの旅になった。今日も天候に恵まれ”青の洞窟”はいける!と思えた。

Cap4ナポリに近づくと山々が見え始める。道中トイレ休憩をとるが何処のトイレもきれいで感心しきり、アメリカではこんな事はない。

Cap5ナポリは旧市街と新しいダウンタウンの新旧混在の町に見える。

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2009年7月21日 (火)

イタリア紀行 その43

Cap02ローマ滞在3日目はオプショナルツアーのカプリ島”青の洞窟”観光と決めてあった。

早朝カプリ島へ向けてバスは高速道路をひたすら南下、目指すは南イタリアのナポリ。早朝過ぎて朝食は無く、余りにも見事な?”メイちゃん弁当”のようなサンドイッチが支給された。

”麗しのイタリア9”で家人の最大の目的であるカプリ島”青の洞窟”観光は、事前の確立で80%が洞窟へ入れる盤石の態勢が整っていた。

Cap1ローマへ到着したその日から本ツアーは守護神”ひまわり”に守られ、行く先々で護衛についてくれた。

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イタリア紀行 その42

Spa6スペイン広場を教会側から見るとこんな感じデス。

あっと言う間の自由時間が終わり戻りの時がきた、収穫は”ローマの休日”とジェラードと少しばかりのお土産、それに持ちきれないほどの写真!

Roma帰りにローマ時代の水道施設をバス越しに見学、全ての水路がここに集まるらしい。

ここで写真がぷっつり途絶え夕食などの記録が無い...

時計がcw方向とは限らず時を刻み、秒針は足が重く蜂蜜をスプーンでかき混ぜるが如き柔らかい抵抗感にやられ、ダリ時計の様相を呈す。柔らかい時に身を任せ心地よい疲労感に現実が遠のき、私は何処に...

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2009年7月20日 (月)

イタリア紀行 その41 ローマの休日

Spa4この風景がスペイン広場の全景になる。添乗員さんから再三に渡るスリひったくりを始め、あらゆる怪しい手口の注意説明がある。

丁度この画像の最上段で手口1の”ミサンガおじさん”に遭遇した。分かった瞬間飛び跳ねて逃げ出したら、目の片隅に笑っている”ミサンガおじさん”が写り、脱兎の如しとはこの事。

Spa7パーカッショニスト君は愛想の良い若者で”ローマの休日”を頼むよ、と言うと”ようがす”と快く引き受けてくれた。

Spa5この”ローマの休日”が実に大変で原宿並みの混雑の中、苦労の末ようやく完成した”ローマの休日”デス。

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イタリア紀行 その40 スペイン広場

Spa3スペイン広場で活躍する日本人の若者2人に会った。国立(くにたち音大)出の声楽家さん、世界を放浪するパーカッショニスト君。

共に元気一杯の若者で、堅苦しい日本を飛び出し自由を求めて旅をしている。思わず”がんばれー!”とエールを送らずには居られなかった。

気が付いたらしっかり彼らが案内する土産物売り場で買い物をしていた...

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イタリア紀行 その39 スペイン広場

Spa1”麗しのイタリア9”の特長はひたすら歩く事で、駐車場から目的地まで何かに憑かれたように次なる感動を求めて歩く!歩く!

バスはミニャネッリ広場で降り、ここからスペイン広場まで徒歩で目指す。偶然聖母マリア記念像に飛ぶ鳥を見た。

Spa2おー!遂にスペイン広場へ来た。

以外にもあっさりした風景に戸惑いを覚えながらも”ローマの休日”とダブらせるが、いまいちピンとこない。

やっぱなー、役者が違うとはこの事か?

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イタリア紀行 その38

Vat 驚くべき高密度スケジュールで今日が”麗しのイタリア9”初日とはとても思えず、数日間滞在したような錯覚に襲われる。

バチカンを後にする、サン.ピエトロ大聖堂を前に走る観光バスのデザインが素晴らしい。

San次なる目的地は各人がその映画の主役になりきるスペイン広場デス。

道中再びサンタンジェロ城を見る。

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2009年7月19日 (日)

イタリア紀行 その37 ミケランジェロの技法

Vat35バチカン市国の国境を越えると添乗員さんは直ちに土産物売り場へ案内する。

Vat34画集を見つけるが何と日本語バージョンがあり、如何に日本人観光客が多いかが分かる。

勿論お目当てはシスティーナ礼拝堂の天井画と最後の審判だが、実物のライブ感は全く無く、見て良かったを実感させられる。

Vat36所が画集には天井画の各部分の詳細写真があり、それからボッチチェリと同様の線境が見て取れる。

この線を消し去るのがダヴィンチのスフマート技法でミケランジェロとの描画技法差異である。

Ampあんぷおやじの徹して線を消し去るスフマート技法によるラグビー絵デス。

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イタリア紀行 その36

Eos”バチカンの奇跡”と言いながらもeos kissの操作不良で思うように写真が取れずチト悔しい思いもした。

サン.ピエトロ広場に出る頃は問題なく撮れるようになり”好事魔多し”を地でいった。

家人のixyは全く失敗は無くeos kissの失敗分を補って余りあり、この後は2台のカメラが全開で膨大な写真を撮りに撮った。

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2009年7月18日 (土)

イタリア紀行 その35 サン.ピエトロ広場

Vat30”天使と悪魔”の公開日5月15日にはイタリア行きを決めていたが、まだ勉強不足で地理感覚は無かった。

今はしっかりと身に付き、その場所に居る訳だから凄い。

Vat27美人姉妹にニューヨーカー夫妻、ほぼ同じ還暦同級生3人組みや旅仲間の皆さんが写っている。

Vat31名残惜しいが時間となりバチカン市国観光は終了して国外へ出る。

Vat32ここがバチカン市国の国境線(白い石のライン)で、またいで出る。

”バチカンの奇跡”に遭遇させてくれた聖ペテロに感謝して、イタリアローマに戻った。

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イタリア紀行 その34 サン.ピエトロ広場

Vat33凄い芸術は負担にもなる...すっかり気力を消耗してサン.ピエトロ大聖堂から帰還した。

Vat28_2イタリアの無責任なまでの空の青さに救われ、ホッとする。

サン.ピエトロ広場は広いがコンクラーベ(ローマ法王選出選挙)には、この空間に何十万人もの人々が詰め掛けるのだから凄い!

Vat29 円形に取り囲んだ建造物に彫刻、外部も至るところ芸術だらけだが、ミケランジェロ、ベルニーニにやられてしまい見流すだけ。

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イタリア紀行 その33 サン.ピエトロ大聖堂

Vat26 外から見たサン.ピエトロ大聖堂の巨大なドーム。

Vat251内部はベルニーニの大天蓋”バルダッキーノ”が巨大ドームの真下にある。

ベルニーニとミケランジェロが共に最高傑作を残したサン.ピエトロ大聖堂の見学を終えバチカン広場へと向かう。

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イタリア紀行 その32 サン.ピエトロ大聖堂

Vat24 ベルニーニの大天蓋”バルダッキーノ”ここに張り付いているミツバチは、世界遺産の解説ではローマ教皇のシンボルと説明があった。

ブロンズの大きな構造物の大天蓋は彫刻とも建造物とも判別不明の凄すぎで、唸るばかり!

Vat23希代の天才が教皇の圧力と富の力で全知全能を賭けた作品は、時代がどれだけ進化しようと不動でこの先も輝き続ける事でしょう。

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2009年7月17日 (金)

ジョン.コルトレーン命日

Coltrane1967年7月17日はh社へ入社して間もない頃で、jazz界のカリスマ、ジョン.コルトレーンが亡くなった日、日本でも後を追った人まであらわれ社会現象になった。

同日大ファンの裕次郎も命日、更にビリー.ホリディも命日で忙しい7月17日。

本日は終日ジョン.コルトレーンを偲びバラッドを流し続けます。

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イタリア紀行 その31 サン.ピエトロ大聖堂

Vat222眩いばかりの光!人間の力と自然の力が偶然協調し合った美しい現象に思わず立ちすくむ。

小さな天窓から降り注ぐローマの乾いた太陽は大聖堂の薄暗さの中で光の柱となった。

Vat212それに驚いた人々は次々に写真を撮り始めた。我々も添乗員のk下さんにお願いして撮影してもらった。

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イタリア紀行 その30 ピエタ像

Vat19サン.ピエトロ大聖堂の至宝ミケランジェロ作”ピエタ像”の前は黒山の人だかりで接近できない。

美を前にすると我を忘れて平気で人々を押しのけ最前列へ出る、全く人格が変わってしまう困ったあんぷおやじ...

Pieta61ベルニーニも凄いが何と言っても最初にやわらかい大理石にしてしまった、25歳のミケランジェロが凄い。

防弾ガラスで防御されたピエタ像は”石にして意思あらん”とすれば、ミケランジェロの思いとは違った扱いに本人も戸惑っていることだろう。

大理石がやわらかい!この偉大な創造はイタリアルネッサンスとゆう時代の意思がミケランジェロを遣わし作らせた産物で、以降これを越えられたモノはあり得ようか。

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2009年7月16日 (木)

イタリア紀行 その29 サン.ピエトロ大聖堂

Vat172かなり感覚が麻痺してきて大抵の事では驚かなくなってきたが、サン.ピエトロ大聖堂でまた腰を抜かした。

Vat18豪華絢爛重厚厳格気品荘厳深遠...あらゆる形容詞を駆使しても表現しきれない。

人間の美に対する欲望はかくも果てしないモノなのだろうか?

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イタリア紀行 その28 バチカン

Vat14システィーナ礼拝堂を後にして外の空気に触れるが、重厚なバチカンの世界遺産がさわやかに感じられるほどシスティーナ礼拝堂は濃かった。

Vat15目的をすっかり達成してイタリア紀行も了...とんでもない!この後も”バチカンの奇跡”は尾を引き、イタリア全土に及んだ。

まだイタリア紀行は始まったばかり...

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2009年7月15日 (水)

システィーナ礼拝堂2 イタリア紀行 その27

Sistina5画集では伝わってこないのが絵画鑑賞で、ライブに限る。

見る前は人間業とは思えないと思っていたが、本物を見た瞬間に”技”などとゆう言葉とは異次元な世界がそこにあり、表現を失う。

Sistina7聖書の”カエサルのものはカエサルに...”の言葉に習いミケランジェロの”天井画と最後の審判”は”神のものは神に...”

既にローマに何日もいるような密度の濃い時間に翻弄され、錯覚に陥る。

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2009年7月14日 (火)

システィーナ礼拝堂 イタリア紀行 その26

Sistina3システィーナ礼拝堂へ入って腰を抜かす。

大群衆が押しかけ撮影禁止はなんのその、フラッシュは炊くはビデオは回すは!館内放送が日本語、英語、イタリア語で”撮影は止めてください!”と繰り返しすが、もう誰も言う事を聞かない。

呆然と立ち尽くしていたがハッと我に返り”バチカンの奇跡”と感謝して撮影を開始する。

キリストが数々の奇跡を行い、それに驚いたユダヤの人々がキリストの元へ大群集となって押しかけた...今や人種宗教が違う人々が世界中から押しかけ、カタチは”あの時代”と全く同じだ。

旧約聖書が頭上から重くのしかかり感動と興奮と得体の知れない重い空気の密度にやられて、手は振るえ腰は抜けまともに撮影できない。しまいには壁際の石段へ、へたり込んでしまった。

今、画像を落ち着いて整理してみると半分はブレていて残念ではあるが、あんぷおやじの”最大の財産”である事は間違いない。

システィーナ礼拝堂の”天井画と最後の審判”は紛れも無く画聖ミケランジェロの作品ではあるが、既にミケランジェロの作品ではなかった...

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イタリア紀行 その25 バチカン美術館

Vat16地図のギャラリーを見終えて写真撮影はここまで...名残惜しく最後の撮影をする。

Vat17予め調べたらシスティーナ礼拝堂(Cappella Sistina)は撮影禁止の文字が踊り、残念ながら撮影無理!の準備でやってきた。

遂に々システィーナ礼拝堂へ...

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イタリア紀行 その24 バチカン美術館

Vat13地図のギャラリー(16世紀に制作)と称する回廊の天井画は豪華絢爛の美でたまげた!

Vat14その16世紀はミケランジェロが活躍したイタリアルネッサンスで西洋文化の頂点と思える。

Vat15時を同じくして長谷川等伯が活躍した桃山時代は日本のルネッサンスと思え、情報交換の無い時代に文化が同時に世界で蜂起するとは...単なる偶然だろうか?

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イタリア紀行 その23 バチカン美術館

Vat6_2eos.kissの操作が安定して失敗はなくなり間に合った...なんて事は無い事前に操作訓練をしておけば良かったモノを。

それにしてもデジカメは高機能で操作がややっこしい。

Vat12_2システィーナ礼拝堂に通ずる回廊は美の宝庫で、目が眩む。

膨大な天井画から惹かれたものを載せます。

Vat7完全に好みの世界で基本は極限まで分解された細密画。

Vat8衣服の金属的表現は素晴らしい。

Vat9背景にサンピエトロ大聖堂があり作画の年代は?

Vat10布地の青が素晴らしい。

Vat11見学順は、

燭台のギャラリー 、

タペストリーのギャラリー、

地図のギャラリー 、

最後にシスティーナ礼拝堂。

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イタリア紀行 その22 バチカン美術館

Vat1いよいよバチカン美術館へ突入する。

相当に熱心なカトリックの信者と見えるミッキー.カーチス風イタリア人ガイドさんの説明に、一段と熱がこもる。

初日の朝食で知り合いになったカップルと後に親しくなる新婚さんのk谷さんカップルも見える。

Vat2天井画と両サイドに置かれた無数の大理石彫刻。彫刻ファンには申し訳ないのだが、ミケランジェロの”ピエタ像”に1点集中して目もくれず、スマン。

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2009年7月13日 (月)

イタリア紀行 その21

Vat3勿論お目当てはシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロ作の天井画と最後の審判だ。

Vat4イタリア人でミッキー.カーチス風の日本語の上手いガイドさんが、ミケランジェロの看板の前で天井画と最後の審判について一生懸命説明してくれる。

Vat5いよいよ来たか!写真撮影禁止は承知して、確かに記憶に止めようと何度も深呼吸をする。

残念ながら20mも高い天井画では、細部が見えずどうがんばってもテクニックを盗むまでには至らない。

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イタリア紀行 その20

Vat1_2外観の重厚な城壁とは打って変わって近代的なエスカレータで上る。

世界中からの観光客でごった返して観光地としてのバチカン市国の潜在的パワーに圧倒される。

Vat2_2中庭の近代的な彫刻付近の看板の前でガイドさんから説明を受ける事になる。

eos.kissの撮影モードの取り扱い不良でここまででもかなりの写真が没になる。

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2009年7月12日 (日)

イタリア紀行 その19

Roma1_3昼食後バチカンへ向かう。道中”天使と悪魔”のサンタンジェロ城に再び会えた。

記念すべきローマ初の昼食は如何?...草加煎餅みたいな年寄りには歯に悪い、ローマ伝統的正統的極薄極大ピザ?に一同度肝を抜かれ思わず写真は撮らなかった。

Roma2バスの車窓から目指すサンピエトロ大聖堂が見え、胸の高まりが抑えきれない。

Roma3_2バチカン市国の城壁がすさまじい。城壁の威容を見れば如何にカトリックの総本山バチカンが強大な力を持っているかが分かる。

Roma4_2長蛇の列で凄い込み具合だが、団体予約の為直ぐに美術館へ入れた。

一般客で行った場合はどれだけ時間を待たされるか知れない。

Roma4人生は如何に感動して衝撃を受けるかで、その後の行動が支配される。

ささやかながら絵描きのはしっくれあんぷおやじの少年時代はダビンチやミケランジェロに憧れ、よもやその場所に立とうとは想像も出来ない遥か彼方のイタリアルネッサンスだった。

musei vaticani に踏み込んだ瞬間、人知れず涙がにじみ...

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イタリア紀行 その18

Roma2_2サンタンジェロ城”天使ミカエル”を飛ぶ美しき鳥を見てしまった!

バチカン奇跡の前兆...?

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2009年7月11日 (土)

イタリア紀行 その17

Roma1_2トレビの泉の周りはこの程度の混雑で、混雑とは言えなくて空いていると表現すべきだろう。

Roma2_5 こで見つけたローマの典型的な水道で、十分すぎる水が噴出し涼感を誘う。

あっと言う間にトレビの泉見学は終了して、次なる目的地へ向かう。

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イタリア紀行 その16

Roma1_4おー、水の音がしていない!とガイドさんが言う。何事かと心配になるが”トレビの泉”は清掃中でした。

Roma2_4程なくして噴水が再開する。となれば例の儀式を...とゆうことで家人と1euroを後ろを向いて投げ入れた。

Roma4_2有名どころは観光客が多いそうだが、本日はそう混雑していないらしい。

Roma3_4ジェラードを食べてコインを投げ入れて映画の場面をしっかり実行した。

彫刻は余りにも見事で、ただただため息が出るばかりなり。

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イタリア紀行 その15

Roma3_3旅の楽しさは添乗員さんの力量で決まる。

成田では少し堅物で真面目な添乗員さんがネクタイを外しイタリアファッションに身を固めると、すっかりイタリア人でその変貌振りにたまげた!

博学でかと言って硬いばっかりではなく、かなり”まあいいか”的で柔軟性に富み旅の妙を見事に演出した。

Roma2_3トレビの泉の前のジェラード屋さんは有名なお店とk下さんに言われ、迷わず飛び込み2個買った。

美味い?そりゃあ甘いもの大好物の家人にあんぷおやじ、たまんなく美味い。

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イタリア紀行 その14

Roma1フォロ.ロマーノにジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)の銅像がある。k下さんに言われて慌てて撮影、家人のixyに何とか収まった。

ユリウス・カエサル=ジュリアス・シーザーとは知らなかった。ただ聖書の”カエサルのものはカエサルに...”のカエサルはシーザーではない?

Roma4どうも同じ所を行ったり来たりして時間調整か?サービスか?進行方向に再びコロッセオが見える。

右手はさっき見たフォロ.ロマーノのマクセンティウスのバジリカ。

Roma2_2ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂は20世紀に完成を見て、新しく美しい。

出来た当初は余り人気は無かったが今ではすっかり定着した、とk下さんから説明があった。

Roma3_2念ながらヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂もバスの中から見るだけでした。

それにしても青空が美しくローマ観光初日はついている。

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大隈寿男jazzコンサート 了

Osumijazz仲間のe川さんが”上手くは撮れなかったが...”とニコニコしながら写真を持ってきた。

前列でこれだけワイドに、良く撮れたものだ。それにあんぷおやじが足元にも及ばないほど上手く、いつも感謝!

通常は2時間のコンサートが終わってみれば3時間で、大隈さんを始めメンバー全員が目一杯がんばってくれた。特に大隈さんは力のあらん限りを出し尽くした演奏で、誠実さが伝わり思わず涙した。

最後にお大隈さんと抱き合い、お礼の挨拶とした。心に残る感動的な大隈寿男jazzコンサート記を了とします。

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2009年7月10日 (金)

イタリア紀行 その13

Roma1コロッセオを後にトレビの泉に向かう。

次々の遺跡の登場で写真が分からない。ガイドさんの言葉が記録されていれば問題ないのだが...

Roma2しかしこの写真が”マクセンティウスのバジリカ”と分かってしまった。Googleマップでローマを航空写真にしてコロッセオから道順を追い、たどり着いた。

Roma3更にそのポイントをクリックすると遺跡の風景が360度回転視野で現れ凄い!またしてもパソコンの威力にやられた。

主要な遺跡のみ検索可能で名前が分かり次第追記します。

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DC録音

Dc6伊豆dcアンプの雄”dcアンプマニア”さんが正統的金田式dc録音のcdを送ってくれた、感謝!自然な録音でたいしたものデス。

先般襲撃頂いた伊豆のオーディオマニア集団は、おおらかで陽気で神経質なオーディオ道に”まあいいか”精神で対処して、こっちも”良い加減のまあいいか”で意気投合した。

その伊豆オーディオマニア集団は”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”襲撃の帰りに、いつもの神前で飲めや歌えの大騒ぎ、それにたまげたオーディオ神は外の賑やかさに誘われ遂に天岩戸を開いてしまった...

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大隈寿男jazzコンサート その8

Hiraアフターアワーズで膝を突き合わせて話込む。”みんなギブソン、ギブソンと言うが自分には合わなくes-175の国産品です。”と言われた。

島村楽器のオリジナルブランド”ヒストリー”のsh-faがモデル名、知らなかった。

ギターも弾けないのにギブソンのj-160eを持っている素人とプロでは、次元が違う。

Es175上手いとか下手とかテクニックを云々するのではなく、音楽に色彩を感じ色彩の表現をするギタリストに始めて会い感動した。

左の画像がギブソンのオリジナルで細部に至るまで日本人の緻密さで作り直した。

平岡さんの登場で高校時代からのアンプ作り原点に立ち返り、妙なる音色、色彩のエレキアンプを考えるのも40年の時が過ぎ、最終章に相応しい音楽活動かも知れない。

小型軽量では真空管アンプ+ノイズを感じさせないスイッチング電源の開発が必要。

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2009年7月 9日 (木)

イタリア紀行 その12

Roma今回はコロッセオ内部の見学は無く外から見た。

ローマには3日滞在したが2日目の22日のみローマ1日観光で、翌日はオプションの”青の洞窟”観光でローマを離れる。

1階のドーリア式アーチから中を覗くと2000年間呼吸をし続けた大理石からため息が漏れ、未だに空気は重そう?

Roma31外からで見ただけでも十分!世界遺産に重要文化財となる訳だが石が故、頑固で触っても怒られない。

石には子供の頃から興味を持ち自然に触る、お陰で本職は石屋(シリコントランジスター)なり。

2度と来れないと思い外壁をやたらべたべたと触った。

Roma2コロッセオの反対側に出るとローマ発祥の地、フォロ.ロマーノが見える。

Roma4 さらにヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂も見えコロッセオ付近は遺跡の宝庫、もうたまらん、あれも見たいこれも見たいローマの休日。

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大隈寿男jazzコンサート その7

Izutaniボーヤの水谷君も1曲お披露目、流石に大人のドラミングで感情が込められる。

気働きが出来て愛想良く申し分ない好青年で、これまた先が楽しみなjazzドラマーだ。

がんばれ水谷君!

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大隈寿男jazzコンサート その6

Riku大隅さんの配慮で1曲飛び入り参加した”平陸君”曲はナイト.イン.チニジア。

成長著しく身長も伸びたがシンバルレガートもさまになりjazzのドラミングも成長した。

素直な性格に端正な容姿、この先が楽しみな中学2年生ドラマー!

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2009年7月 8日 (水)

大隈寿男jazzコンサート その5

Hiraoka凄いギタリストに出会った。ウォルター・ビショップ・ジュニアをはじめカリフォルニアで数々の大物と競演した事ではない。

そのギタリストの名は”平岡雄一郎”

音が、音楽が色彩で表現できる...とつぶやいた事で、あんぷおやじの絵を理解しようと見入った事で、たまげた!

ガボール.ザボのドリームでは生沼君と”凄い音楽だなー”と感心してくれた事も共感の一因。

es175様なギターから発せられる音楽は人間の声にも似て表情豊かで、彼の心の叫びを発し空中で虹色に輝き...そして消えた。

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大隈寿男jazzコンサート その4

Kim端正な顔立ちでピアノもその通り、実にリリカルで美しくスインギー。

今風にイケメンなどと軽々しく呼べない素晴らしい男で、いっぺんでファンになった。当日の彼の行動を良く観察する機会に出くわし、男気を目撃する事になった。

深く記憶にとどまるミュージシャンになった...

ありがとうハクエイ.キムさん!

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大隈寿男jazzコンサート その3

Osumi40年のキャリア、大御所大隈さんが静かにあんぷおやじの方へ視線を向ける。

瞬間全てを悟ったあんぷおやじは身構え真剣に聞き入る。

多くのミュージシャンに会ってきたがこれほど紳士然とした人は見たことがない。それでいてウイットに富み誠実で尊敬できる人生の先輩でもある。

またしても明治大学出身で、後輩の宇崎竜童さんが40周年記念cdに”江戸前スイング”と応援記事を寄せている。

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イタリア紀行 その11

Roma1_2パリの凱旋門のモデルになったコンスタンティヌス帝の凱旋門、手の込んだ彫刻が見事。

Roma2大理石でできたコロッセオは誠に美しく、イタリアのデザインセンスの良さは古代ローマ時代からの伝統?

Roma3ひんやりした大理石に触れ急激にタイムマシンのカウンターが古代ローマへ引き戻され漂う錯覚に心地よく酔う...

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大隈寿男jazzコンサート その2

175開演前の楽器が静かに置かれた風景が好きで、よく撮影する。

平岡さんのギターが妙?ジョー.パスも愛用したギブソンes-175dその物だがマークが違う、ブランドも違う、後に本人から驚愕の事実を知る事となる。

Oinumajpgおいぬまっちゃん!男から声が掛かり清水では人気者のベーシスト、本人は苦笑い。

実に穏やかで物静かな人物、ベーシストにうってつけに見える。

演奏も控えめで、俺が!としゃしゃり出る事も無く、黙々と弾きソロも決して派手ではないが聞き応えのある深いベース。

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イタリア紀行 その10

Roma2”ローマの古代遺跡で映画ベンハーに登場する戦車の戦いが行われた場所のようなもの”とk下さんから説明があり、慌てて撮影する。

この頃からeos,kissの取り扱い不良でバチカンに至るまでの間露出過多のしくじった写真が結構出て素人写真を恨むが、家人のixyは失敗無く救われた。

Roma1いよいよ何度も教科書で見ていた”コロッセオ”に到着で感動の体験となった。

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2009年7月 7日 (火)

大隈寿男jazzコンサート その1

Osumiコンサート終了後打ち上げまでお付き合いして戻ったのが午前1時過ぎ、ぐったりとした心地良い疲れにめげず仕事に掛かり、オールナイト...か。

昨日昼、突然電話が入りsosだという、急いでbmwを駆って清水駅へ向かう。初対面のギタリスト平岡さんと昔馴染みのベース生沼君、プロモータの森さん。

生沼君がどこでどうしたか分からないが、大事なコントラバスをbmw318へねじ込む。信じられん!更に平岡さん、生沼君が同乗して”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”へ向かう。

Osumi2大隈さんの40周年記念cd発売に合わせた全国ツアー敢行の一環でマーカムホールでjazzコンサートがあった。

ドラムの大隈さん、ベースの生沼君、今風に言えばイケメンピアニストのハクエイ.キムさん、ゲストで初対面のギタリスト平岡さん、ボーヤの水谷君、この素晴らしきメンバーと僅か1日で深く人間性に迫るお付き合いが出来た事をjazzの神様に感謝して、コンサート記を綴る事にします。

しまったー!cdにサインをもらうのを忘れた。

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2009年7月 6日 (月)

イタリア紀行 その9

Roma2_2ローマとなれば当然”松”である。

レシピーギのローマ3部作、まさに”ローマの松”で至る所に松並木がある。

Roma3アッピア街道を行進する古代ローマ軍の足音がレシピーギのメロディと共に聞こえてくる。

ローマ観光最初はいよいよバチカンで構えていたが通り過ぎ、k下さんの説明で順番を入れ替えるようである。テヴェレ川を渡り最初の見学地”コロッセオ”に向かう。

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2009年7月 4日 (土)

イタリア紀行 その6

Ch124時間全天候型働き人は勿論朝が早く、鳥目みたいなもので明るさに導かれて目を覚ます。

早速もう一台のデジカメeos.kissの弾倉にコンパクトフラッシュメモリー4Gをカシャッと装填して、ローマの戦いに備える。

Ch2朝日のまぶしい早朝に散歩と洒落込み家人とホテル近郊を散策する。

目立つ建物は教会で前日のミサの余韻が漂い、おー!凄いと写真を撮りまくるが、先にもっと衝撃的な事態が起きようとは知る由もなかった。

Saitama旅行の楽しさは食事にありで、早々にレストランへ集まる。席を同じくした最初の旅仲間は埼玉からお越しの仲睦まじい若いカップルで、見ていて羨ましくも微笑ましい。

Nk同じく同席した仲間はニューヨーク在住のご夫妻で昨夜のうちに大西洋を渡って来られた。

何と奥方は静岡出身で、ニューヨーク、ローマ、静岡を結んでの会話に不思議さを覚える。

で、肝心な朝食はコンチネンタルブレックファーストで実に質素、アメリカンスタイルに慣れてしまってそう感ずる。だがそれはそれ、何度も席を立ち運び食べる食べる...

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レコード復活 その5

Tsd15emtカートリッジtsd15の修理依頼を止めて自分で修理する事とした。余の高額と現在のレコードの立場でやむ得ない。

ダンパーのゴムを手作りで新調したがこれが中々難しくカートリッジ全体ばらしに発展したため断念...沈黙。

だいたい深みに嵌ると抜け出せなくなり最後にカートリッジが破壊して万事休す...思案。

そうだ!ダンパーを止めてしまおう、どうせゴムの様な共振体に良い事はない。マグネットが強力で金属工具は使えず、プラスチックの棒を削り針状にしてボロボロになったダンパーを丹念に撤去した。

針圧も標準より軽くして音出しするが全く役者が違う、遂にtsd15が帰ってきた。次々レコードをかけるが早くもボロが出てしまい、暫くはこのボロ対策としよう。

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2009年7月 3日 (金)

イタリア紀行 その5

Roma1ローマ、フィウミチーノ空港(Aeroporto di Fiumicino)に到着、午後7時過ぎなのにまだ陽が残りたまげた。

k下さんがイミグレーションで”係官の機嫌が良ければスタンプを押してくれる”と言われて、何としても入国証明のスタンプをもらおうと意気込む。

Driver実にスムーズに入国手続きを済ませてバスに乗り込む。ドライバーは愛想の良いfさん。

最初に目に飛び込む風景は無数に栽培されているひまわりで、旅の最後までひまわりと付き合う事になる。

Roma2記念すべき最初のホテルはローマ郊外のprincessホテル、真向かいが工事現場で雑然としていた。水周りはしっかりしていて一安心、寝る時は天井しか見ないので、まあいいか!

所がその後ホテルは都市を変える度に次々とグレードアップする。

Pizza_2夕食は当然機内で済ませて無い!無いのでは余にも寂しくk下さんから近場にレストランがあると聞いて家人と食事に出向く。ところがローマ郊外は店仕舞も早く閉まっていてやむ得ず自力で探した。

少し歩くとオープンテラス席まで賑やかな洒落たリストランテが見つかり早速入る。言葉は英語も含めてプアーだが旅慣れした度胸だけはあるので、イタリア語の会話集を片手に”ピッツア マルゲリータ ポッソ アベエーレ”と歯切れいい発音?で注文する。

すると事務的だったウエイトレスが急に人なつっこい笑みを浮かべて無事注文完了。

グラスビール2、ピッツ1でtax込み17.5euro(約2400円)だった。この旅で一番美味いピザは自力で探したリストランテ”postodivino”だった。

参考までに。

Postodivino http://www.2spaghi.it/ristoranti/lazio/rm/roma/postodivino/

Via aurelia, 528/a
00165 - Roma (RM) Italia Tel. 06.66410456

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2009年7月 2日 (木)

イタリア紀行 その4

Itary1飛行ルートは”青年は荒野を目指す”的にナホトカ辺からロシア上空を通過する。

毎度ながら雲が美しい!

早速イタリア的おおらかさでマルチtvのリモコンが上手くゆかず、面倒で眠りと決め込む。

出発前の仕事の追い込みで半徹夜状態が功を奏して意図も容易く眠るがやはり窮屈、夜食に出たコンビニのおむすびにはたまげた。

Itary2見えた!始めて見るイタリアの風景に食い入る。

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イタリア紀行 その3

Nrt3迷わず北ウイングjtbカウンターにたどり着く。

受付のチョット固そうで真面目な人物がその後運命を共にするjtb添乗員のk下さんだ。人生は奇想天外でこの時はk下さんの凄さが分からなかった。

集合時間に三々五々集まりおおよその顔ぶれが分かる。新婚さんのカップルが多く”麗しのイタリア9”が一段と華やか。

k下さんのアドバイスは的確で”イタリアではレートが高く多めにユーロチェンジをして下さい”と言われて実行する、138.2¥だった。

Alitariaフライトはアリタリア航空でローマ、フィウミチーノ空港(Aeroporto di Fiumicino)を目指す。イタリア直行便で12時間強の空の旅、エコノミー症候群にどう耐えるかが勝負になる。席は窓側3席に家人と2人で座り、jtbの配慮がありがたい。

エアバスは機体が小型でフットワークが良さそう、背中にGを感じながら雨の成田を飛び立った。

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2009年7月 1日 (水)

レコード復活 その4

Dp80若旦那が”レコードもいいんじゃあないの!”と言う。それもそのはず何ミクロンかの銅ofcリッツ線を2本よじってストレスフリーを実現した。

3本くらいまでいけそうだが、いつもの”過ぎたるは...”を肝に銘じて2本で良しとした。銀線からの変更とofcリッツ線の増量ですっかりレコードが蘇った。

後は奇想天外でたたみかける。レコードプレ-アシートは5mm厚のアルミラスクを円形加工して貼り付け、最上部シートは還暦同級生から教わった導電性プチプチを加工して貼り付け出来上がり。

ターンテーブルシートのアルミラスク方式は”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”とジャズバー”クレイドル”しか存在しない。

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イタリア紀行 その2

Nrt1最近は中国、韓国、台湾の出張が殆どで久々の成田発になる。品川乗換えで成田エキスプレスに乗車するが、子供の頃9mmゲージに凝っていた事もあって列車にも興味がある。

Nrt2成田では北ウイングになり懐かしい風景に出会う。

昔、LAオフィス行きは午後1時過ぎのKE001便のビジネスクラスが常用で、搭乗前にKEラウンジで休憩を取るのが何時もの行動だった。

久々の北ウイングでやや感傷的になるは旅立ち前のいつものこと...

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