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2009年8月25日 (火)

ホッケンハイムサーキット フランクフルト

Hock4ボスは連日の激務で流石に疲労困憊、先に大西洋を渡りLAに戻ってしまった。

あんぷおやじはハノーバーでの展示会支援も無事終え、フランクフルトへ戻ると休暇の指示が出ていた。ボスの配慮に感謝!

その休暇のおかげでフランクフルト近郊のホッケンハイムサーキットへ行く事が出来て、奇跡と遭遇する事となった。

現在のホッケンハイムサーキットは余りにも長い直線が理由で改修されたが、1996年はこの通りの直線が殆どの高速サーキットだった。

アイルトン.セナが亡くなりF1から卒業したが、きっかけはロータスのジム.クラークで画像左手に十字架の墓標があるが、1968年ここで立木に激突炎上死した。そこをメモリアルでジム.クラークカーブとして所謂シケインになる。

反対のメインスタンドへ戻る直線にはアイルトン.セナカーブがあり、セナは1994年イタリア.イモラサーキットで帰らぬ人となった。最初と最後のF1ファンだったレーサーのメモリアルカーブがあるホッケンハイムサーキットは、生涯忘れない。

そして現在、ホッケンハイムサーキットはテクニカルコースに姿を変えメモリアルカーブも既に無く、希代のF1パイロットだった2人の墓参も終えた。

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