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2009年12月30日 (水)

venus sound 2A3 パワーアンプの電源

Dcp2金田式で乾電池駆動した時、電源の重要性を学んだ。

以来電源もアンプと見なしアンプが2段カスコード接続になっている概念で、アンプの開発を進めた。

金田式の初期はa級アンプの出力段まで定電圧化していたし、未だにパワーアンプの傑作はマークレビンソンのml-2と決めている。このml-2もa級アンプで出力段まで定電圧化していた。

とゆう訳で音の良い電源+定電圧電源で好結果を生んでいる。venus sound 2A3 パワーアンプのドライブ段は+b電源と-c電源の2つを定電圧化して音色調整と動作の安定を狙った。真空管の場合高電圧小電流が基本で定電圧電源が作り易く、type2aスペシャルでは2a3出力段の定電圧化を実験中。

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2009年12月29日 (火)

オーディオシステム

Amp12cdプレーヤは常用でdenon dn-s3700あんぷおやじスペシャル、リファレンスでアキェフェーズdp-11無改造、マランツcd16f、ラインアンプはwe404aを使ったオリジナルハイブリッドアンプ、パワーアンプはsae2600あんぷおやじスペシャル。

オーディオは過程(プロセス)で完成など無く、どんなに高額なハイエンドを導入しても”足りない病”にとり憑かれる。どうせ病に冒されるなら経済的負担にとらわれない方が良い。

とゆう訳で2009年度現状のオーディオはご覧の通りで、暫くは変更しない。本業が多忙極まりなく手がつけられないだけ...

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2009年12月28日 (月)

ラファロとラファエロ

Scott12スコット.ラファロ(Scott LaFaro)とラファエロ.サンティ(Raffaello Santi)とはjazzのベーシストとイタリアルネッサンスの画家で全く関係が無い。

Raffaello12無いが、どゆうー訳だか自分の中では同じ響きを持つ。

ともに希代の天才であった。

ともに若くして有り余る才能を開花させる前に、この世を去った。どうやら才能と寿命は反比例の関係にあるようだ。

ともに繊細で優美で良く謳い優しい。

音楽の才能はまるっきり無いのでスコット.ラファロの真似をしてベースを弾こうとは思わないが、ラファエロ.サンティの絵画は模写を試みる。ミケランジェロ、ダヴィンチは思想技術を学ぶが模写の対象ではない。

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altec用ネットワーク

Network12スピーカケーブルをカルダスに変えてから一段と音が浮き出し潤いがあり苦労の甲斐があった。

3ウエイネットワークは4年ほど前にムンドルフのコイルに全面変更して、今日に至っている。ムンドルフも完璧ではないが繊細な音楽表現力が好きで決めた。

コンデンサはドライバーが強烈でアウリキャップで若干軟弱だが繊細さを重視し、その他は最近クオリティキャップの青に変更した。ネットワークコンデンサもそれぞれ一長一短があり、調味料の如く配合に妙があった。

このあたりは改善の余地は十分あるが際限なく収拾がつかなくなるので、止めた。止めたがカルダスケーブルに変更してから細かい事は全て吹き飛び、現状で十分な事を証明した。

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2009年12月27日 (日)

イタリア紀行 番外編 イタリアルネッサンス

Mice33_2ピエタ像が25歳、システーナ礼拝堂天井画が37歳、最後の審判が66歳、15世紀から16世紀に創られ描かれたミケランジェロの作品群は、イタリアルネッサンスの中心的な作品となった。

バチカンの作品群は、カトリック教会の威厳権威の誇示や啓蒙活動の為にローマ教皇が潤沢な資金を投じて創った。

しかしながら時代は風雲急を告げ、ドイツで起きたマルティン.ルター(Martin Luther)による宗教改革などカトリックの権威が揺らぎ、パウルス3世が威信回復を狙った”最後の審判”だった。

500年後の現代は年間1千万にも及ぶ様々な人々に平等にイタリアルネッサンスの感動を与えて”最後の審判”とは、そうゆう事だった...

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2009年12月26日 (土)

イタリア紀行 番外編 プロフェッショナルの定義

Sis13バチカンのシステーナ礼拝堂を訪れてから、すっかりミケランジェロファンになってしまった。それまではどちらかと言うと、ダ.ビンチファンだった。

偉大な芸術家を”プロフェッショナル”と呼ぶには語義が異なる気もするが、紛れも無くプロフェッショナルである。

プロフェッショナルとは最悪の条件で普通の結果を出す人々で、最良の条件で普通の結果を出すアマチアと根本的に違う。

Mice51システーナ礼拝堂の天井画(旧約聖書物語)を1人でどうして描き上げたか?その答えがミケランジェロ本人のスケッチで明らかとなる。

20m上空に足場を組み、立って腕を伸ばし描いたのだった。デッサンは昔tvで見た記憶?があるが、木炭でデッサンした紙を貼り付け叩いて転写した。

絵具は落ちてくるし視線は違うし首や手が疲れる最悪の環境下で、見事に偉業を成し遂げた。命を削って...

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2009年12月19日 (土)

cello performance 改造 その3

Cello11cello performanceは当時の金額でかなり高価だったが、手に入れて直ぐに改造を施しオーディオショプ から嫌がられた。既にメーカもなくトム.コランジェロ亡き後存分に改造に挑める。

電圧増幅段は回路図が手に入り差動2段増幅回路で金田式と同じ、ジョン.カールの時代も金田式と同じでどっちが真似をしたか?どっちでもなくopampの中身で、時代がそうだった。

Cello21violaはアナログアンプの終焉で素晴らしいが高価すぎて縁がない。そこでviolaとcelloを比較しながら、cello performance にviolaの音楽的表現力を付けるように改造する。violaでは出力トランジスターは既にモールド化されてあの駆動力で、出力トランジスターには余り拘らない。

電圧増幅段も見れば改造したい所の宝庫で、少しずつ音を確かめながら改造を進める。入力のカップリングコンデンサを赤から銀に変えたら、腰が抜けるほど妖しい魅力が出た!

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2009年12月13日 (日)

カルダスケーブル

Cardas1カルダスの回し者ではないが、緻密さ、情報量、位相特性どれをとっても好み(優れている?)で納得している。

大問題は天文学的な金額で1m30万円など冗談?と思っていたら、どうやら本気のようで...

Cardas4エンジニアのはしっくれは能書きに弱く、フェイズ整合のくだりにやられて、静寂感、透明感、サウンドステージの再現は、全くその通りに感じた次第。

あ!その話ではない。

古いカタログですがカルダスデザインの見事な事、絵描きのはしっくれはデザインや外観を重んずる癖があり、やられた!

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2009年12月11日 (金)

Bill.Evans the complete riverside recordings

Bill21967年最初に買ったjazzのLPがビル.エバンスで、以来42年間聴き続けている。

このcdボックスはリバーサイドの豪華なLPボックスのcd化で、限定盤没後20周年特別復刻として2000年に発売になった。(1956年から1963年の録音、12枚組)

Billその豪華なLPボックスは既に手元にないが、高額にたまげてやっとの思いで入手して、最初だけ聴いて大事に仕舞っておいたらカビが生えてしまい慌てた。

cdになってありがたいのは高額なLPを神経質に聴いていたものが気楽に聴ける事で、デジタルもわるくない。

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2009年12月 4日 (金)

カルダス スピーカケーブル

Cardas未曾有の経済危機なのか、オーディオには手が付けられず本業にまい進している日々です。

お客様はあんぷおやじが居なくてもコーヒーを飲み、jazzを聴いていってくださる。

出張から戻ると常連のs木さんが”あんぷおやじー、カルダスのスピーカケーブルが手に入った!”と見せてくれた。

”s木さんテストに貸してよ”とゆうと”ようがす!”と気前良く貸してくれた。持つべきはオーディオ仲間なり、感謝。

バイワイヤリングで組み込みには苦労したが、パワーアンプとネットワーク間に接続した。

”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”にはカルダスケーブルが良く似合う。”なんだいaltecの骨董スピーカかい、粗い!粗い!”と神楽坂のオーディオ仲間に言われていて、まあ古いモノは致し方ない、と思っていたのが吹き飛んだ。

Cardas21誠にクリーミーで粗さなど微塵もなく、スマンaltec!
どうやらオーディオとは、大いなる勘違いと大いなる思い込みの楼閣なり。

cardas crossの一般グレードでこのありさま、まあお好きにどうぞ、の世界は本人が信じたものが一番良いわけでして...

当店は益々グリニッジ.ビレッジのビレッジ.バンガード化してゆく。

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2009年12月 3日 (木)

守屋純子ピアノトリオ+meg JAZZコンサート

Megjazz仲間のegawaさん亡き後コンサートは行く気もなく躊躇していたら、プロモータの森さんがご招待してくれた。

メンバーはピアノが守屋純子さん、ベース山下弘治さん、ドラムが加納樹麻さん、ボーカルがmegさん。

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2009年12月 2日 (水)

イタリア紀行 番外編 レオナルド.ダ.ヴィンチ その1

Da23”麗しのイタリア9”を決めるにあたり、ミラノのサンタマリア.デレ.グラツィエ教会にあるレオナルド.ダ.ヴィンチの”最後の晩餐”も見たい!

あれこれ調べたが、ミケランジェロとダヴィンチ両方を欲張った格安ツアーはなかった。

個人的には7日目のメストレからの移動はベローナを飛ばしてミラノに行き、 サンタマリア.デレ.グラツィエ教会の最後の晩餐観賞がベストなのだが...

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2009年12月 1日 (火)

ヴィレッジ.バンガード

Van2ニューアーク空港への到着が遅れて慌ててタクシーを飛ばす。

最近増えた中近東のタクシードライバーに歯切れの良い英語で?グリニッチ・ヴィレッジのヴィレッジ.バンガードを頼む、と伝える。

親切なタクシードライバーは急いでくれたが、ラストステージが始まっている遅い時間に着く。急ぎ階段を駆け下りると、マックス亡き後ヴィレッジ.バンガードの経営を引き継いだロレイン・ゴードンさんが、ドルの束を握り締めながら”12ドルにまけとくよ!”と言ってくれた。

Bill2電源が強化されてから正にヴィレッジ.バンガードの雰囲気そのものになってきた”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”。
ビル.エバンスが座っている階段は入り口で、ここでお代を払う。

あんぷおやじのオーディオはこの場所ヴィレッジ.バンガードの再現の為にやってきた、とも言える。左からオリン.キープニュース,スコット.ラファロ,ビル.エバンス,ポール.モチアン...凄い時代だったなあ。

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