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2010年4月29日 (木)

スガダイロー君がやってくる

Suga10イキのいい次郎長の清水(市)にはバリバリのフリーjazzが似合うのかも知れない。

清水(市)ではもうすっかり人気者になったスガダイロー君がやってくる。

jazzファンでもファンでなくてもスガダイロー君のハートと体をぶつけた迫力あるピアノ演奏は、聴くモノの心を揺さぶること請け合いです。

ベースは清水初登場の東保光(とうほひかる)さん、バークリー音大出のバリバリベーシスト。

ドラマーはご存知”平陸君”で会うたびに成長著しく、フリーのスガダイロー君に揉まれるに違いない。

ゲストボーカルはちょっとした知人でこれから羽ばたく芳澤真由美さん、乞うご期待!

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2010年4月28日 (水)

イタリア紀行 番外編 ベスビオス火山

Nap2ナポリ港からあのベスビオス火山を望む。

ベスビオ(Vesuvio)でベスビオスではないね、Vesuvioをなんで昔はベスビオスと読んだのだろうか?

紀元後79年8月24日の大噴火が...とあるがまさに聖パウロがローマで十字架の刑にあった時代に近く、歴史も激震した時代には違いなかった。

昔に聞いたナポリ民謡”フニクリ・フニクラ”はベスビオス火山の登山電車の歌、歴史は遥かに遠く、遠い世界の出来事に思っていたものがこうしてベスビオス火山を望むと、少し近づいたような気がした。

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2010年4月26日 (月)

伊藤君子さんJAZZコンサート 了

El20当初の予定より少し遅く伊藤君子さんご一行様が到着する。

長身のjazzギタリストの平岡雄一郎君とガッチリ握手し旧交を温める。

続いて現われた小柄な女性がjazzボーカリストの伊藤君子さんだ。

altecの巨大なスピーカを指差し
”あれなーに?”
”スピーカです”
”一関ベイシーでも見ましたよ、あれね!”
”聴きたいjazzボーカリストは?”
”エラかニーナシモンありますか?”
エラのパブロ、モントルー77のライブ盤をかける。

”あ!ボリュームは下げめでお願いしますね、耳を使いますから休ませたいの”

エラを聴きながら、
”エラはいつも誠心誠意歌っていますね”
”エラの崇高な魂がそうさせているのでしょうね”
と語る。

日本語なまりの英語かも知れない、しかしながら時折見せる演歌調は日本のブルースでエラ,サラ,カーメンには表現できない日本人伊藤君子さん独特のjazzで、ニューヨークで活躍した原動力なんだろうか。小さい体で今なお美しい歌声と十分な声量は鍛錬の賜物で、ライブで久々に味わう感動だった。

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イタリア紀行 番外編 ボヤージ

Voy1家人の念願かなってカプリ島へ向かう。

ナポリ港には豪華客船が停泊していて、世界一周などお金持ちの贅沢だなあ...

いかんいかん!ナポリへ来れただけでも十分に贅沢なこと...船名はボヤージ。

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2010年4月25日 (日)

JAZZギタリスト 平岡雄一郎さん

Hira10ギターが好きなこともあって一番気が合うjazzミュージシャンの平岡雄一郎さん。

久しぶりにお会いしたが顔が一段と穏やかになりそれが成長を物語っているように思えた。

上手さは勿論抜群なのだがそれ以外に何かを持っている。心に秘めた何かは分からないが、その何かが魅力あるjazzギターを奏でる。

Hira20”平岡君、今日はes175は使わないの?”
”歌伴で今日はこれ1本でいきます。”

ピックアップを聞くとピエゾと教えてくれて、どうりで刺激音が全くなく伊藤君子さんの歌伴にはうってつけだった。

やはりそうだ!
凍った炎のような演奏は力と憂いと悲しみを湛え、確実に心の中は爆発しているように聴こえた。

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伊藤君子さんJAZZコンサート その1

Kim2アンコールのFollow Me”映画「イノセンス」主題歌、アランフェス協奏曲が原曲”にやられた!

伊藤君子さんの声は一番表現力豊かな楽器となり透徹で突き抜ける美しさは圧倒的、あの狭いマーカムホールが小宇宙と化してしまった。

平岡君のやさしいギターと共にここに極まり不覚にも涙が滲み...

マナーの悪い客やjazzを知らない客も全てを覆い包み伊藤君子さんの崇高な魂ワールドに支配された。

cdを2枚求めた、何の意識もなく詳細を見ずに2枚。”サインをしましょうか”と言う伊藤君子さんに”心に刻まれましたから十分です”と答えた。ブログ記事を書きながらそのcdをかけた。

やがてFollow Meが...ありがとうございました!

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2010年4月24日 (土)

伊藤君子さんJAZZコンサート

Kimiko本日はマーカムホールで伊藤君子さんのJAZZコンサートがある。

jazzギターとのデュオでギターは平岡雄一郎君。

午後の3時くらいに”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”へ立ち寄り、jazzとコーヒーでエンジョイしてからリハーサルに向かう。

Kimi伊奈かっぺいさんがくれた伊藤君子さんとデュオジャズだが?ジャズだじゃ!のcd。本日は1日このcdが流れています。

伊藤君子さんは清水(市)初登場、津軽弁jazzは果たして如何にや。

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2010年4月22日 (木)

イタリア紀行 番外編 アルナルド・ポモドーロ

Al2バチカンの中庭に奇妙な球体の彫刻があった。カソリック総本山に似つかわしくないこの彫刻、どこかで見たことが...

頭がクルクル回り、そうだ箱根彫刻の森美術館だ。子供達が小さかったから20年以上も前に見た。

アルナルド・ポモドーロ(イタリア、1926~)「球体をもった球体」ブロンズ。

Al1東海大へ所要で出かけた、その足で箱根彫刻の森美術館へ寄りもう一度見た。

バチカンを思い出しながら、やっぱりバチカン.サンピエトロ大聖堂には似合わない。

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2010年4月16日 (金)

’Round About Midnight

Miles2セロニアス.モンクの名曲’Round Midnightがタイトルのマイルス傑作のアルバム。

レコードジャケットはお店の中央に展示してjazz喫茶らしい雰囲気に一役買っている。

オリジナル盤と言ってもたいした事はないが2枚持っている。久しぶりにレコードをかけてたまげた!低音の表現が全く違い音楽その物の解釈まで違ってしまう。

その昔カン.サウンドラボのts-208リボンを使ったら低音が別物になり腰を抜かした経験がある。オーディオの醍醐味は音が進化して同じレコードがまた新鮮に聴こえる事にもある。

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2010年4月14日 (水)

エルビン.ジョーンズさんのサイン

Ev2マスターにお断りしていベイシー2階の楽屋へ行く。

こんな貴重な機会は滅多にないので数枚のlp持参でエルビン.ジョーンズさんの大晦日ライブに参加した。

食事中だったがにこやかにサインに応じてくれた。本当に温かいサインで2セットのステージの後はもう殆ど手は麻痺していたのだと思う。

家人のサインはエルビン.ジョーンズさんの奥方と同じ名前でニコニコしながらサインしてくれた。このお宝はお店に展示してある。

jazzの神様みたいなエルビン.ジョーンズさんの丁寧な応対は我が身を戒めるには十分すぎた。もう15年も前の事か...

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2010年4月13日 (火)

MJ(無線と実験)誌奮戦記 了

Mj30取材日当日、予定より早くmj編集部の取材班が訪れた。

東京からデジカメ片手に取材陣お1人で見えると想像していたが、k川編集長とmj専属カメラマンk木さんのお2人で尚且つ車一杯の機材でたまげた。

挨拶もそこそこ音出しを始める。初対面はたいてい弱気で最初は当たり障りのないjazzボーカルから始めて、機器もお客様もなじんできた頃からハイのきついバリバリjazzへと曲を変える。

Mj40随分長い間レコードをお休みしていたが取材の時はlpでやり切った。壊れかかったemtのtsd-15が何とかもってくれてホッとした。

k川編集長とは超ド級レコードプレーヤや金田式の話題で盛り上がり、カメラマンのk木さんは先代が撮った写真の載った古いmj誌で盛り上がった。

タイトなスケジュールで無理かなと思ったが、取材を引き受けて良かった。新たな同好の士との出会いはオーディオ探求のエネルギーとなる。

k川編集長、カメラマンのk木さん、ありがとうございました!

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イタリア紀行 番外編 スペイン広場 その3

Sp2スペイン広場の階段を上がり撮影した。

ご覧のありさまで、上と下のどちらから見てもとてもあの名画のステージになる場所とは思えない。

ジェラード屋に小さい噴水に階段に、トリニタディ.モンティ教会しかないスペイン広場でした。

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2010年4月10日 (土)

MJ(無線と実験)誌奮戦記 その1

Mj1突然mj編集部からメールが入る。

巻頭のhifi追求リスニングルームの夢で”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”を是非取材させて欲しいとの内容であった。

その丁寧なる文面から誠実さが伝わり”ようがす”と返事をした。

Mj02無線と実験誌は高校時代からのおつき合いで半世紀近くに及び、地方でも中央に負けないオーディオテクノロジー実現のバイブルであった。

特に1968年発刊画像の別冊はスピーカーテクノロジーを現代に伝え、未だ色褪せないあんぷおやじの大切なバイブルである。

丁度venus sound 2a3パラシングルアンプの実験中で音もそこそこ出始めてタイミングも良かった。

幾多の先人が志半ばで召されたように見果てぬ夢に翻弄された”あんぷおやじの今”を見ていただくも宜しいかと思い快諾した。

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2010年4月 1日 (木)

MJ訪問記

Mj編集長のお招きで無線と実験の誠文堂新光社へお邪魔した。

無線と実験誌は高校生の頃からの縁で半世紀近くに及び、オーディオの原点でそのメッカに行くわけだから感慨ひとしおだった。k川編集長が満面の笑みで迎えてくれて嬉しかった。

サンプル棚には子供の科学がありたまげる!あの巻末の通販コーナーは夢の空間で想像逞しく、なけなしの小遣いを切手に変えて郵送する。注文品が来るまでの待つ楽しさは今もって経験ない。

編集長が子供の科学、初歩のラジオ、無線と実験と成長したあんぷおやじは王道を歩んだと褒めてくれる。オーディオの様々な議論に時を忘れたが最後に秘密の基地、mj試聴室を見せて頂く。正に秘密基地で数々のオーディオ機器がここで自己主張していったのだった。

k川編集長お忙しい中大変お世話になりました。

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d4studioさん訪問記

D4altec仲間のd4studioさんへ訪問した。

中国大使館やルーマニア大使館の近くであきらかに元麻布は長崎の出島の様相を呈していた。洒落たお店も多く東京も世界一の街であることを再確認した。

その1等地のビルの地下にd4studioさんの秘密基地がある。入って腰を抜かす、黒く得体の知れない大型の機械が林立してここは”ただモンではない”雰囲気を漂わせている。

altec a4を聴きながらお互いの夢を語り合った。

塩銀写真を見せて頂く、これはもう未踏の領域で凄まじい写真表現の奥深さを見せ付けられ呆然となった。

茫然自失では訪問記にならないので落ち着いて冷静に写真をみる。黒が多彩である事は百も承知で色彩のマジシャンなどの自称が粉砕され、黒が無限のカラーであることを有無を言わさず突きつける。

白黒はっきりせいー!と遠山の金さんはゆうが、とんでもない。白と黒の間には無限の色彩が存在して超アナログだった。

d4studioさん、大変お世話になりました。そして貴君の細やかな配慮には深く感謝します。音は紛れもなく超アナログになる事でしょう。

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