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2010年7月31日 (土)

Sorcerer(魔術師)

Sorcerer1高校時代からの友人でオーディオ店の店主が居る。

銀線使いでは日本一と思う。celloを日本一売ってマークレビンソンが感謝の印にcelloアンプの天板にサインをしたほどの男で、音に関しては決してブレない。

信じた道は誰に何と言われようとわが道を行くし、職人気質の音作りにたまげた。高校の時はギター部で親友の友人だから友人になった。機械科の彼がいつの間にか電気いじりのオーディオ店主になった。

家が近所でお店の帰りに我家へ寄り、大好きな缶ビールを振舞う寡黙な職人は雄弁になり”あんぷおやじー任せろ、sorcerer(魔術師)のspaceは鳴るよ!”ときた。

彼の行動は随分示唆的でオーディオに関しては変な知識や先入観は不要で、どう表現したいか強い思いがあればそれで十分を教えてくれた。

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イタリア紀行 番外編 路上で絵を売る

Sanjサン.ジミニヤーノで見かけた路上で絵を売る姿、これは何ともステキで憧れてしまう。

あんぷおやじの方が上手いし...

数十号のキャンバスにサン.ジミニヤーノの細密画風景描き、ずうずうしくも1万ドルくらいの値段を付けて、日がな1日世界の旅人を見る。

”見る立場から見られる立場に替えて居座る”これは面白い!

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2010年7月30日 (金)

リボンツイータ復活 Ravan R2.0

Raven 現状と全く同じaltecシステムにKan Sound Lab TS-208を組み込んだ時に低音がガラッと変わり、腰を抜かした経験がある。

時代は変わって手に入るリボンツイータで評判のよかったRavan R2.0を組み込んだが、アンプ系がとろくて真価を発揮できずお蔵入りとなっていた。

割烹わかすぎの若旦那が”そろそろリボンだね”と言うので復活させた。Ravan R2.0のインピーダンスは4オーム、並列接続では2オームとなり具合が悪く直列接続の8オームにした。リボンの方向はあさっての方向を向いているが、これがいい。将来は片チャネル4本くらいにしてあっちこっちに向かせよう。

寡黙は雄弁に勝った!
殆どリボンは鳴っていなく寡黙である。
若旦那が絶句...”ロイヤルボックスで聴いているようだ...”

団子になるオーケストラを見事に分解して妙なる音を出しはじめた。全てが自然になり変な強調感が無く、スケールは大きくお店いっぱいに芳醇な香りが漂い始め、してやったり。

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もう1枚のDreams Gabor Szabo

DreamsGabor SzaboのDreamsが新品同様で手に入りありがたい事だ。

日本は世界一のレコード蒐集国に違いない。ロサンゼルスとサンフランシスコで、オフの日はレコード探しに明け暮れた。

確かにDreamsは何枚か手に入ったが、程度の良いものに出会う確立は低かった。

2000年代に入りソウルへ出向いた時、昔馴染みのインターコンチネンタルソウル近くのロックカフェを訪ねた。既にロックカフェは無く、風の便りにソウル大出の芸術家は陶芸家を目指して水原(スウォン)に引っ込んだらしい。

果たしてプレゼントで持ち込んだDreamsは今でも健在だろうか?

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2010年7月29日 (木)

帰ってきたSorcerer

Sorcererゲゲゲの女房は、うまいこと言う”怖いけど面白い!”

ロサンゼルス、レドンドビーチへ向かう通りにあったリサイクルレコードにはインパルス盤が結構置いてあった。

殆ど買占め状態でインパルス盤を見つける度に買ってしまった。Gabor SzaboのSorcererもここで手に入れた。

Sorcererの録音されたボストンjazzワークショップの面影を追い、ボストンへ飛んだ。そして10年前このレコードも旅立った。

旅から戻ったSorcererは手に入れた時と同じプレス状態で初期に近く、音が分厚い。10年前、cello軍団にdp-100に8000stイケダ9rexで武装したハイエンド時代には決して再現できなかった、弦の揺れが凄まじい勢いで再現され腰が抜けた。

瞬間ヤバイ!と思った。

帰ってきたSorcererは胸苦しく”怖いけど面白い!”

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2010年7月28日 (水)

帰ってきたGypsy’66

Gypsy661967年、あかほり電器では中々マニアックなレコードも置いてあり手に入れたgypsy’66だった。

以来苦楽を共にしたが10年前、訳あって全てのレコードを旅に出した。必要なモノは必ず戻ってくるもので、10年ぶりにgabor.szaboのgypsy’66が帰ってきた。

旅立った時は分厚かったファーストプレスも、何版か重ねたプレスですっかりやせ細って帰ってきた。

所がレコードの音は成長凄まじくタイトルチューンのgypsy’66は腰が抜けるほど凄いjazzに変身してしまい、お宝に違いない。

若きナベサダさんがフルートで大活躍している珍しいレコードでもある。

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イタリア紀行 番外編 天空のシエナ大聖堂

Siena油絵画家のはしっくれはイタリアの風景にシビレた!

観光コース入り口付近からの撮影で突然天空の大聖堂が見えてたまげた。

赤レンガの密集した建物群にポッカリ浮かぶシエナ大聖堂は、想像を遥かに超えた風景力で衝撃的だった。

さてと、このレストラン前の空き地に腰を降ろしキャンバスを立ててスーパーリアリズム風景画を描くとなると、最低でも2ヶ月は必要になるか。もう少し先になったら真剣に考えよう...

実際には数十号のキャンバスに”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”でデッサンと下書きを細密レベルで描き上げ、その下絵をシエナに持ち込んで風景力を授かりながら超現実空間に仕上げる作戦を取る。それでも2ヶ月は優に掛かる。

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2010年7月27日 (火)

Technics Sp-10駆動波形の謎

33iこの波形はブラシレスdcサーボモータの駆動において、逆起電圧と同一電気角に制御した場合の波形であり正弦波が基本である。

33vこちらの波形はTechnics Sp-10の駆動波形で妙な形で無残な姿だが、気を取り直して解析した。

時間軸を見ると確かに120度位相差の3相交流にはなっている。

Rot実態は負の半サイクルのみの駆動で正の半サイクルはモータの逆起電圧が現れている。モータの逆起電圧測定で33rpm時1.2v、0-peakが観測されていて一致する。

33rpm時1.2vだからこの電圧を高分解能を持って美しいサイン波で駆動して始めてモータの実力が評価できる。

Sp10当時はマイコンもままならずサーボアンプも確立されておらず、回路技術で良くぞ回したと思う。

今回の一連の解析で先人の苦労が良く分かった。

sp-10が開発された1970年は万博の年で、天理教の道場に宿泊させてもらい安い宿泊費に感謝しながら、jazzの先輩達と万博会場を飛び回っていた事が思い出される。

当時は”今日の苦労は明日の希望があり耐えられた!”
豊かになった今日、明日への希望を持ち辛い時代になってしまった...

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2010年7月24日 (土)

ギラジルカ&矢幅歩Solo-Duo TOUR 2010

Gellaギラ.ジルカさんから連絡が入る。

”あんぷおやじー、24日は静岡ライフタイムで前回お邪魔した3人でコンサートがあるの、来ませんか?”でしたが、残念!当日は夜まで重要なカンファレンスが入っていて完全に身動きとれず、でした。

静岡ライフタイム
ギラジルカ&矢幅歩Solo-Duo TOUR 2010
ギラジルカ(vo) / 矢幅歩(vo) / 中島徹(p) / 北村嘉一郎(voice-perc),

矢幅さん北村さんは、これから先が楽しみな才能溢れる好青年です。ギラ.ジルカさんは9月にシアトルでアメリカ初ライブがあり、大いに張り切っています。

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2010年7月22日 (木)

アッテネータの音質

Vrアッテネータは減衰器で音楽まで減衰させてしまい要注意デス。

部品の固定化は何年にも渡っては出来ないし、回路方式や主要部品の音楽的表現の進化に対応させて変える必要もある。

今回は高額=素晴らしい音楽表現とはならないアッテネータの音質評価で何種類かのアッテネータを手に入れた。

ラインアンプやネットワークに接続して即座に答えが出る。何が良いの教えて!と言われても他のシステムではあまり参考にならない。当方の現時点におけるシステムバランスの上にのみ成り立つ話で...

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2010年7月21日 (水)

ハイエンドターンテーブル

Caliburn凄いターンテーブルがあるもので1700万円もする。

モータは米国軍が使用している高精度な最新技術とされているだけで詳細は分からない。

”ドライブベルトでプラッターの最外周を駆動します”と“ZERO COGGING”は理解できた。

しかしモータと音質に関する取り組みは鮮明ではなく、その他は凄まいけれども肝心要には触れていない印象を受ける。

1700万円も頂けるならがば120極でも240極でも直径がφ800mmになろうとも、コギングレスモータの理想を先ず作りたいね。

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2010年7月18日 (日)

ビリー.ホリディの命日

Bill昨日7月17日はjazzボーカルのビリー.ホリディの命日でもある。

更にファンだった裕次郎の命日でもあり忙しい1日となっている。

ビリー.ホリディは殆どの盤の音が悪く、唯一このノーマン.グランツが作ったレコードは音が良い。増してや45回転盤の片面プレスは本当に凄い音で、1枚でもあれば十分で良くぞ作ってくれたとノーマン.グランツに感謝!

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2010年7月17日 (土)

コルトレーンの命日

John17月17日はジョン.コルトレーンの命日で1967年は日立へ就職した年でもあり鮮明に記憶している。

後追い自殺者の社会現象にまでなったカリスマテナー奏者の旅立った日だった。

正直後半のジョン.コルトレーンにはついて行けないな、と思ったりしたが今ならば抵抗無く聴ける。コルトレーンより遥かに長生きして少しは理解が及んだか...巨星は40歳で落ちた。

本日は1日ジョン.コルトレーンを流し追悼します。

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2010年7月16日 (金)

青木弘武さん、大坂昌彦さんJAZZコンサート その2

Oosaka藤枝ジェノバの時は大坂昌彦さんの前に陣取り、ドラミングを見た。美しいドラミングでたまげた記憶があり”美しかったですね”と言うと”あの時はパンク風だったから...”と不本意の様子だった。

出演するミュージシャンと一緒にギリギリまで”謎めいたJAZZ喫茶AMP工房”でレコードを聴いていた為、今回は大坂昌彦さんの前に陣取れなかった。

やはり只者ではなかった!コンサートホールの空気を変え音まで良くしてしまう。ピアノの青木弘武さんを煽り”これぞjazzのインタープレイなり”を見せてくれた。

あらゆる技を駆使して手が4本見えた?のはエルビンさん以来の事だった。青木弘武さんが”あちらのリズムだよ”と感想を漏らしていたが、ニューヨークのjazzクラブにいるような上質のjazzが堪能できた。

大坂昌彦さんと握手しながら”やっぱり美しかった!”と思わず言ってしまった...

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アイルトン.セナ物語 その3

Sennaあ!っと驚く。

アイルトン.セナの洗礼証明書が添付されて遺族の強い思いと、ブラジルはキリスト教国であることに気付かされる。

レーシングカートが登竜門でセナもそこからのスタートだった。

相棒の板金屋に”星野が来るから”と誘われてレーシングカートのサーキットへ行った事がある。はじめて見る速度にたまげたが、星野さんは抜きん出て上手かった。

1977年 ウルグアイとあり、南米カート選手権なのだろうか?

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2010年7月15日 (木)

サンフランシスコ.ベイ.ブルース 番外編

Psnow1サンフランシスコ.ベイ.ブルースとゆうタイトルでシリコンバレー奮戦記を書いた。

名前は何となくありそうな名前だなと思い使った。

フィービー.スノウを聞いてたまげた。5曲目がサンフランシスコ.ベイ.ブルースでしっかり実在していた。

1980年代も終わり頃はjazzが急激に廃れてjazzクラブを探すに苦労するくらいだった。事実正統的jazzクラブはキム.ボールだけだった。キム.ボールはディージー.ガレスピーが出演するような名門クラブ。

ブルースのライブハウスは比較的多く、地下の穴倉みたいな所へ良く出入りした。

フィービー.スノウのサンフランシスコ.ベイ.ブルースを聴いていると当時が克明に蘇る。サンフランシスコはこのブルースのネチョっとした感じよりも、LAほどではないが明るさに満ちたサラッとした印象が強い。

もっともサンフランシスコ.ベイを周回しながら気に入ったレストランの食べ歩きとjazzライブハウス巡りだから、そう感じたのかも知れない。

ブルースは余り聴かず、フィービー.スノウも20年も前から持っていて迂闊にも今頃気付いた。

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2010年7月13日 (火)

スーパーTTプロジェクト その7 極限

Tamaセンサーでは世界的な企業の多摩川精機殿とは長いおつき合いがある。

我々が目にするセンサーはせいぜい何十万パルス程度のエンコーダだが、天体望遠鏡などに使うまさしく天文学的高精度なエンコーダの開発も得意としてたまげる。

画像出典:多摩川精機株式会社

Sttテクニクスのsp-10やteacのtn-400、いずれも低分解能のセンサーを搭載した為制御の根本から問題を持っていた。金田式ではそれでも何とかしようとした努力の表れで苦労されている。

33i2ブラシレスdcサーボモータ制御における電気角制御は基本で、そのセンサーたるモノの身分の序列がモータより低く考えたため起きた悲劇だった。モータもセンサーも身分は平等でなければならない。

Heds_4かくしてあんぷおやじ流スーパーTTでは極限のセンサー開発に挑んでいる。挑んでいるが光りセンサーなどは電子物理学の領域で苦手、センサー開発に残された時間を捧げる訳にはいかない。

シカゴで3次元測定器のmitutoyoの会長さんが”カールツアイスを抜きたい”とおっしゃられていたことが脳裏に焼きついているが、センサーもドイツ製は優秀だ。

Hide5高額だが画像のドイツ製センサーはφ500mmもあり18000個の目盛りが刻める。

レニーショウのタッチプローブにリニアな光学式ガラススケール、1/10ミクロンの測定を可能にする3次元測定器に携ったあんぷおやじとしたら、ここ一番電気角分解能の極限を目指す。

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2010年7月12日 (月)

Monk/ Straight, No Chaser

Monk音が素晴らしくいい!

丑三つ時はエアコンインバータも調光装置も停止して研究室の明かりだけでノイズ源がなくなった。

モンクのストレートノーチェイサーから、4曲目japanese fork song荒城の月、この時代Charlie Rouse (ts) Thelonious Monk (p) Larry Gales (b) Ben Riley (d) の不動のメンバーでLarry Gales のベースが異様に生々しい。

思わずアッセンブラ打ちが止まり聞きほれる、いいベースだなー...

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電源

Ph_2雨が降るとビリビリと髪の毛が引っ張られる。高度経済成長期5000kvaでは容量不足で、オイルクーラーに大型のファンをつけて定格を6000kvaにパワーアップした。

4基でしめて24000kva也。電気主任技術者は変電所の運営が本職である。

特別高圧、通称”特高”は77000vで扱いには神経をすり減らしていた。

バッテリーなどの化学反応と違い、ほとばしり抑えきれない水のエネルギーとか火とか原子の力は強大で、そのエネルギーと蜜結合すると見事なほど音に力がつく。

その結合部品で重要なモノが電解コンデンサでここの選択が運命を支配する。フィリップスの工業用グレードは音楽駆動力が増して常用している。ニチコンやニッケミも本職のサーボアンプ用に使うハイリップルタイプが力感があって、これもまた良い。

このあたりは音作りの思想の現れるところで実に面白い。

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2010年7月11日 (日)

青木弘武さん、大坂昌彦さんJAZZコンサート その1

Aoki2リハが遅れているのかお店に連絡が入らない。時間が時間だけに今日は来ないな、と決めて自宅へ戻りjazzコンサートへ行く準備に掛かる。

5時も過ぎた頃突然電話が入り”今から11人で行く!”慌てて店に出て準備に掛かる。

メンバーは尊敬するピアニストの青木弘武さん、藤枝ジェノバ以来の日本を代表するjazzドラマー大坂昌彦さん、天は二物を与えた美人のjazzバイオリニスト里見紀子さん、ベースの島田剛さん、名前は覚えていた方がいいjazzボーカリストの”ケン.バルディス”さん。

青木弘武さんとガッチリ握手して旧交を温める。

Max2”それでは本日のjazzドラマー大坂昌彦さんに敬意を表してマックス.ローチをかけます”

時間が無い中ドラムを主体としたjazzのオリジナル盤レコードを次々とかける。実はミュージシャンが来店する想定でレコードを抜き出し、準備してあった。

みんな口々にいい音!と出る。

And2アンドレ.プレビンとシェリーマンの”マイフェアレディ”をかけると大坂昌彦さんが、
”アンドレ.プレビンが来日してn響と競演した時、n響にはドラマーが居ないため客員出演した、アンドレ.プレビンを神様のようにn響のメンバーは扱っていて驚いた”

なんとも凄い話で世界に通用する数少ない日本のjazzドラマー大坂昌彦さんならではの話だった。

Andすかさず青木弘武さんが”ラプソディインブルーの中のピアノの早打ちはアンドレ.プレビンが一番早いよ!”と教えてくれる。

美人のjazzバイオリニスト里見紀子さんからは進んで握手してもらい、役得役得!

なにより感心したのがjazzボーカリストのケン.バルディスさんで、お店に展示してある数々のミュージシャンの写真を見ながら片言の日本語で話す。控えめと優しさに満ちた見た目ただの人が、ステージに立つと凄いエンターティナーに激変して腰を抜かす事となる。

なんせ時間が無い、オープン近くになり慌ててコンサート会場マーカムホールへご一行様は戻った。

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タンノイ レキュタンギュラーヨーク その1

Hpd385”本業多忙につき改造等お引き受けできません”状態が続いている。

その最中日立の大先輩が何処で聞きつけたか、あんぷおやじはタンノイの使い手らしい?とゆう事でタンノイ レキュタンギュラーヨークを持ち込んだ。

大先輩ではお断りも出来なくて困った...その代わりズタズタにしてもよろしいでしょうか?と約束を取り付ける。

実は一時期altecシステムとウエストミンスターが共存した時代があり、タンノイを徹底的に研究した。

レキュタンギュラーヨークとくればモニターゴールドとなり、胸躍ったがhpd385/8の新しいタイプだった。しかしながらビンテージオーディオには違いなく、この渋ーいタンノイから真珠が零れ落ちるような輝きのあるピアノを出してみよう。

とゆう事で顛末を続けます。 

 

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2010年7月 8日 (木)

システーナ礼拝堂

Sis22イタリア旅行へ行ってから1年が過ぎた。

旅行直後も今も全く変わらず衝撃が残るシステーナ礼拝堂。

丁度この画像のように頭上高くからに重く圧し掛かり、呼吸困難になるほどの空気と時間の密度が濃い。

ミケランジェロは1人プロジェクトxの偉大な先駆者で、この膨大な天井画を1人で描き上げた。4年の歳月を掛けて描きあげた時は老人のような容姿になったとされているが、長生きした。

理由は”私は画家ではない、彫刻家だ!”と強い創造力が命を牽引したに違いない。それでもしくじったバチカンは61歳になったミケランジェロに再度”最後の審判”を描かせた。

”あんぷおやじー今からでも遅くない、おやんなさいよ!”と同い年のミケランジェロから言われているような気がする...

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2010年7月 7日 (水)

EMT927のモータ

Emt1洗濯機か電動工具が如き無骨なモータでなぜ渋くて力強く魅力的な音が出るのだろうか?

一応科学的に分析しないと迷信みたいになってしまうので、調べた。

進相コンデンサに電圧バランス用の可変抵抗器、単相のシンクロナスモータと読める。

Emt3ロータの画像から籠型でスキューが掛かり何箇所か削られている。

とゆう事でモータの種別はリアクションシンクロナスモータの凸極型ロータで、面取りから4pと読める。

この細工からブラシレスdcモータでは得られない滑らかな回転を実現している。

しかしながらここまでで何ら特筆すべき事は見当たらない。強いて言えば洗濯機のモータほどデカイ。

Emt2駆動機構にその秘密があった。昔ながらのアイドラー機構(リムドライブ)でベルトではないのだ、大型モータとアイドラーがemt927の音の秘密と読んだ。

このサイズのモータに匹敵する国産モータはdenonのdp-100で、制御が真っ当であればemt927に十分戦えたはずだが。

この解析ではっきりした事はモータとプラッターは剛性を持って結合する。モータのロータは出来るだけ大型化しロータ慣性とプラッター慣性の比率を小さくする。

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2010年7月 6日 (火)

TEAC TN-400 ターンテーブル その3

Tn400teac tn-400ターンテーブルのブラシレスdcサーボモータからu,v,w相のモータ配線を引き出し、teacサーボアンプで駆動した線電圧の測定をする。

Uvvolt定常状態を測定する。

とてもブラシレスdcサーボモータのサイン波駆動には程遠い。

33vsp-10の同等波形。

なんで似たような波形か?sp-10の方が開発が先だから制御まで参考にしたとしか思えない。

不具合をコピーしたようなモノだが時代がそうだったから仕方が無い...いや、エンジニアはどの時代もモノマネせず独自で開発するべきと思うが。

Stepステップ応答は10hz程度でゲインは全く上がらないがターンテーブルでは問題ない。トルクの弱さは電流を制限している?

Servo負荷を印加してサーボ機能をチェックするが問題なく動作する。

ただこの駆動波形は120度通電の矩形波駆動になり、せっかくモータの逆起電圧がサイン波なのに台無しにしている。

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アイルトン.セナ物語 その3

Senna7我がJPSロータスは直線でごぼう抜きにするが、コーナーで隣の小学生に見事にかわされる。タミヤサーキットを疾走するラジコンレースの場面。

黒地に金文字のJPSロータスは、後にも先にもこれだけ美しいカラーリングは無いと思わせる傑作だった。

JPSロータス時代のアイルトン.セナ。
F1カーのカラーリングと同じレーシングスーツで、黒は未来を暗示していたのかも知れない。

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2010年7月 4日 (日)

ターンテーブルの回転精度

Tst3dd式ターンテーブルになってから回転精度(ワウフラ)の高さを競うようになった。

最高値は0.02%程度でこの値をたたき出すのは相当に難しい。何機種か開発したが0.05%が関の山だった。

本職の為測定用のレコードは沢山持っている。レコードの穴位置とセンタースピンドルのクリアランスがゆるいと偏心してしまいワウフラ値は悪くなり測定方法そのものも問題がある。

Abs3このメジャーストレスにやっきりして、スーパーTTプロジェクトでは最大級のガラスコードホイールの開発を考えている。

φ100mmの有効長に5ミクロンの印刷が可能で31400パルス/rev出せる。何ブロックかの印刷ピッチを時間計測して移動平均化する。これだけのパルスがあれば1rpmから問題なくゲインを持って制御できる。

最近の海外ハイエンドターンテーブルはワウフラ表示すらないモノが多く、レコード=ゆらぎでは困る。確固たる高精度な回転のレコード盤に、正確無比な指揮者が乗って指揮しているターンテーブルを目指す。

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2010年7月 3日 (土)

Teac TNー80c マグネットフロートプレーヤー

Tn80c初任給をしっかり握り締めて、静岡駿府公園前岩崎ラジオのピカピカ専務の所へターンテーブルを買いに出向いた。

専務はcecのアイドラー式ターンテーブルを進めてくれて、握り締めた何千円かを支払い身請けした。

アイドラ式はゴロが出やすく嫌になり、翌年全財産を握り締めてあかほり電気へ出向いた。店主は神様みたいにオーディオに詳しい人で恐れ入った。

店主お薦めはTeac TNー80c マグネットフロートプレーヤー で、目が出るくらい高価だったが身請けした。以来ddプレーヤが出ようが随分長い間我家のターンテーブルになり、近年denonのdp-100が来るまで我家に君臨した。

信州のモータ先輩の所へ仕事の打ち合わせで出向くと”あんぷおやじー、TNー80cのモータは俺の設計だぜ!”と回顧した。お役御免になったTeac TNー80c マグネットフロートプレーヤー は解体となり、取り出した4極ヒステリシス・シンクロナス・モーターはモータ先輩の所へ里帰りした。

Mfトラは死して皮を残し...TNー80cは死してストロボ円盤を残した。なんてこたあない、未だにどんな高度なターンテーブル制御をしようとも最初は蛍光灯を点灯させこの円盤で回転チェックをする。

つきあう事なんと42年になる。

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アイルトン.セナ物語 その2

Senna2あんぷおやじ研究室が異様な興奮で包まれている中、アイルトン.セナの遺したモノとの対面が始まる。

興奮しているにはあんぷおやじだけだろうが!
ー、その通りで。

もう何十年も前になるが、ブラジルの計装装置の設計と立ち上げでブラジル行きの候補生になった。静大へ留学していたブラジル日系3世の女の子が先生で、ポルトゲースの勉強会が連日行われた。

ポルトゲースの辞書がどこかにあるはず...

この書籍の発刊はサンパウロ、2009年となっている。

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2010年7月 2日 (金)

ヒステリシスシンクロナスモータを回す

Sycヒステリシスシンクロナスモータを回す仕組みを作った。

主巻き、副巻き夫々にiqa指令値を設定し電流帰還制御を行う。主巻き、副巻きの位相角は90度±30度まで0.1度単位で可変できる。

モータアンプはオーディオアンプの低歪み率を使う。世界最速サーボアンプの96khzバージョンで電流帰還制御を行う。

ここまで自由度を持たせて制御すると、あ!っと言う間に答が出てしまい、なぜブラシレスdcサーボシステムが渇望されたか良く分かる。現状メーカ製も含めてテストしたが似たような傾向である。

Syc2位相角は90度以外はあり得ない、主巻き、副巻きの電流バランスのポイントがありそれにはまると1500rpmモータが750rpm程度まで同期運転する。

それ以下の速度でも回るが同期の精度が悪く目的によっては使えるアプリケーションもあるが、速度が遅い分トルクが落ちる。

黄色が主巻き青が副巻きの電流波形、回転数が高いと諸にインダクタンスの影響が出てサイン波が崩れ、電流帰還でようやくこの波形になる。

ヒステリシスシンクロナスモータを回す精密なサイン波発生装置が市販されているが、その程度では甘いね!

このヒステリシスシンクロナスモータ程度の精度ではあんぷおやじ流ターンテーブルモータには使えず、モータは開発しなければならない確かな理由がまた増えた。

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2010年7月 1日 (木)

アイルトン.セナ物語 その1

Senna4”多くの墓参人の1人なんだからジムクラークの時のような事は何事も起きなかった。”と以前の記事に書いてしまった。

迂闊だったスマン!アイルトン.セナさん。

Senna2”何事も起きてしまい”サンパウロのgtiさんから素晴しい贈り物が届いた。

墓参から14年の歳月が過ぎ、やはり墓参のお礼でアイルトン.セナの奇跡に違いない。

その分厚いメモリアルアルバム兼遺品の書籍には、我が目を疑うサーキットライセンスのコピーや知られざるセナの世界がちりばめられて、鳥肌だった。

ありがとうサンパウロのgtiさん、アイルトン.セナさん、この分厚い書籍を紐解きながら...

シマッタ!ポルトゲースはオブリガードしか分からない。

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