« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月31日 (木)

イタリア絵画紀行 その13 ヴェネチアからピサへ

Pisax午前中にはアドレア海サンマルコ広場でカーニバルを見ていた観光客が、夕方には雪のアペニン山脈を越えて地中海側ピサの斜塔にいる。

阪急交通社の韋駄天イタリア観光ツアーは、我ら年長組みには足腰鍛えるに十分すぎる。

Pisaモチーフとしてピサの斜塔は各パーツで、望遠で目一杯拡大して撮影した。

それにしても夕闇迫るピサ観光にはたまげた!

|

2011年3月29日 (火)

シュテーデル美術館のフェルメール

Stadelx1996年4月、フランクフルト事務所の秘書が”どこか行きたい所はありませんか?”と言い、即座に美術館と答えた。

そこがシュテーデル美術館で実に幸運だった。料金を払っての写真撮影が可能で大作や有名な作品を中心に撮った。

赤丸がヨハネス・フェルメールの地理学者 (Geograf) 1669年、53cm x 46.6cmm 油彩( シュテーデル美術館蔵)で、現在Bunkamuraザ・ミュージアムフェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展が開催中で日本に来ている。

Geox作品が小さくたいして印象にも残らなかったあんぷおやじの審美眼はたいした事は無い。

フェルメールの作品を観にオランダアムステルダム美術館に行こう!と将来の予定を立てていたが、アムステルダムのフェルメールは少なく、世界の美術館に点在で全部観て周るにはチト厳しい。

|

2011年3月27日 (日)

真空管とトランジスター

300bトランジスターが発明されてからこの増幅素子の双璧真空管とは常に比較され続けてきた。

あんぷおやじ流儀も真空管アンプ、半導体アンプと両方を作り続けてきたがこの期に及んで真空管と決めた。

Cello2理由は単純明快でCello Performanceやviola bravoの4boxを越える設計ができるならばトランジスターで進むが、これは滅法難しく開発には寿命も足りない。

更に、トランジスターで妙なる音色を出すにはどれだけお金をつぎ込んだら良いのか想像もつかない。

かくして割り切った。

viola bravoの4boxは低能率スピーカを隅々まで解きほぐすように鳴らすが、そこの能力ははなっから諦めて”色艶、音色”に重点を置き開発している。

|

2011年3月26日 (土)

イタリア絵画紀行 その12 ヴェネチアカーニバル

Ven1雨のサンマルコ広場は肌寒く観光客もそれほど多くはない。

ヴェネチアのカーニバルで着飾った人々が写真撮影に応じてくれる。

この時は観光客が少ないことに感謝した。

注:人々とは?あれだけコスチュームで身を固めれば性別不詳の妖しげで謎めいて見える。

Ven2

Ven3

Ven4_2

Ven5

Ven6

Ven7

Ven8

|

イタリア絵画紀行 その11 雨のドゥカーレ宮殿

Vene負け惜しみでもないが、雨のドゥカーレ宮殿前は人影まばらで落ち着いて気に入った。

雨では世界一高いカフェもお店を出す事はできず、前回のように楽団に合わせてカフェラテを楽しむことはできない。

しかしヴェネチアカーニバルの真っ最中で、マスケラとコスチュームで着飾った人々を目撃した。

|

2011年3月25日 (金)

イタリア絵画紀行 その11 サンマルコ寺院

Sanx連日の雨で傑作の写真は撮れない。

曇りならば写真はベスト?と言うが雨ではカメラをかばいながらで苦労する。

サンマルコ寺院のモザイク壁画は豪華絢爛たる傑作で観るものを圧倒する。

Marモザイク画は現代ディスプレイ機構のさきがけで、r(グリーン),g(レッド),b(ブルー)のドットにも似ている。

このデジタル手法は紀元前から存在していたのだった。

アナログだ!デジタルだ!と目くじらたてる必要の無いことを歴史は物語っている。

|

伊藤喜多男先生のWE300Bアンプ修理 その2

300bamp修理やメンテナンスには一種独特の感覚や経験が必要デス。

h社での配属は今取りざたされている電力管理業務だったが、業務は広範に及び製造ラインの修理復旧も舞い込み鍛えられた。

お陰で修理に対する感は備わったようだ。

300b0伊藤喜多男先生のWE300Bパワーアンプは音響道中膝栗毛に回路図が載っており、特段困る事も無く順調に修理できた。

しかし25年も前のアンプが問題なく修理できるのはベテランあんぷおやじの腕前ではなく、伊藤喜多男先生がそのように作ったからでしょう...

|

2011年3月24日 (木)

イタリア絵画紀行 その10 ベネチア本島に泊まる

Veneご一緒した年配の夫婦は本格的登山家で過酷な?阪急旅行社のイタリア急ぎ旅にも、すこぶる元気でたまげた。

ミラノからベローナまで観光して夜のうちにベネチアへ移動してベネチア本島泊となる。中々ベネチア本島泊が入ったツアーは無く今回の目玉でもある。

船着場には夜まで頑張って営業をしているベネチア土産物屋がある。一番のお土産はベネチアンマスクのマスケラ(仮面)でこうゆう屋台には中国製の安物が売っていて買いやすい。

|

伊藤喜多男先生のRA1501-Aプリアンプ修理 その1

Ra1501aオーディオ先輩のs山さんから”主治医でよろしく頼む!”と言われて、オーディオシステム1式の面倒を生涯診ることになっている。

面倒の対象はemt927にシーメンス クラングフィルム オイロダインにタンノイのオートグラフにjbl大型ホーンシステムに伊藤喜多男先生のアンプ群で、実に面倒である。

画像は幻のプリアンプra1501-aで2台(イコライザが3極管タイプと5極管タイプ)ある。このプリは資料も回路も無く全くの手探りとなる。

早速診察を始めるが2台の動作が違いたまげて”s山さん、どうもおかしいが心当たりありませんか?”と聞くと”先生にお任せしましたから!”と全く意に介さず情報が得られない。

1台は正常だが1台は右の入力で左に出力する。あんぷおやじが引き受ける随分前に修理をしたのでしょうが、なんとも怪しい修理でこの先が思いやられる。

伊藤先生の遺志を継ぐとしたら覚悟がいる。

|

2011年3月23日 (水)

伊藤喜多男先生のWE300Bアンプ修理

300b3オーディオ先輩のs山さんに”温かくなる前までには修理を完了します!”と約束した手前、重ーい腰を上げた。

修理すると色んな事が分かり、we274bがソケットの取り付けネジのナベ頭にあたり差込が不十分とか、ヒューズホルダがチャチで割れがとか...

1台は順調に修理が完了して連続14wの出力でエージングするが問題ない。

300b22台目に大きな問題が出た。真空管を全部抜いても電源ヒューズが溶断する。

画像左上の電源トランス400vセンタータップの片割れがレアショートしている。推測するに400vの高電圧と負荷のバランスで温度上昇が大きく時間と共に絶縁が劣化して破壊した。

さてトランス交換だが、usa製のトランスを探している余裕が無いのでユニオン電機のbts規格品を発注した。本意ではないが致し方ない。

|

2011年3月22日 (火)

イタリア絵画紀行 その9 ダ・ヴィンチのパトロン

Vinchiレオナルド.ダ.ヴィンチのパトロンはミラノ君主のルドヴィーコ・スフォルツァ公であった。

その君主に”最後の晩餐のキリストの顔はこのようにしますが如何でしょうか?”とお伺いを立てているレリーフがあった。

これほどの天才をしても上司にお伺いを立てなければならない事実は、我々凡人は上司や顧客に文句を言われても落ち込む事も無いね。

残念ながら最後の晩餐のキリストの顔は部分的に剥げ落ちて細部まで分からず、指示したルドヴィーコ・スフォルツァ公のセンスの程は良く分からない。

|

2011年3月21日 (月)

プロトタイプ完成

Pietapieta audioデビュー作、パワーアンプのプロトタイプが完成した。

スーパーターンテーブルプロジェクトのacサーボモータを動かすアンプだが、先ずはいい音を出し評価してからモータアンプとする。

闇夜のカラスみたいな外観だが実験を兼ねているからいたしかたない。

1年掛けて作り上げたが実に奥深い音を出すもので、球の銘柄がどうとか、部品がどうとかを超越している。これは意味深い事で徹した振動対策の賜物である。

設計とはあきらめなり...か!
あきらめないと一生プロトタイプで過ごすことに成り未完成で終わる。

|

イタリア絵画紀行 その8 スカラ座

Scaこれがイタリアオペラの殿堂ミラノスカラ座の入り口デス。

建物全体も歴史的遺産の荘厳な建造物がある中で極めて地味な存在に見える。

世界最高峰のオペラの殿堂を見ながら、こうゆう生き方、こうゆう音を出せば良いのだろうと強く思った。

凄さは決して表面に出さない...

|

2011年3月20日 (日)

cardas部品

Cardasオーディオは”お好きにどうぞ”の世界で、自分が好きな物を操って自在な音を作れば良い。

とゆう訳でこの何年かはcardasケーブル&部品を基本に音作りしている。入手経路によっては結構安く買え、オーディオ用パーツとしたら高嶺の花でもないね。

台北の唐竹有限公司は東南アジア地区のcardas部品総代理店で、定宿からタクシーを飛ばして15分くらいの忠孝東路三段にある。

真空管から各種ケーブルからコンデンサにrcaプラグ中古アンプなどが雑然と置かれて、秋葉原の部品屋みたいでワクワクする。

欲張りあんぷおやじは手当たり次第買って帰ろうとするが原資が少ない。そこでcardasケーブルを2種に絞り更にrcaプラグを8個買って5600台湾ドル、まあいいか。

出張の度に少しずつ手に入れ音を判断して本命を決める。

1個5台湾ドルの美味い餃子に感心ながらcardas部品を買うと、やっぱり高額だなーと思う。

|

2011年3月18日 (金)

イタリア絵画紀行 その7 レオナルド.ダ.ヴィンチ最後の晩餐

Vinchi_2レオナルド.ダ.ヴィンチ最後の晩餐の解説をこの垂れ幕?で行うのだが、垂れ幕が貧相でレオナルド.ダ.ヴィンチには気の毒?。

全てにセンスの良いイタリアでは珍しいね。

ガイドさんの解説を聴きながら、都落ちしたレオナルド.ダ.ヴィンチは起死回生のアイディアを廻らせ運命のテンペラ画を選択した。(短時間で描く為フレスコ画は選択できなかった。)

これがこの絵の悲劇の始まりで500年経った今、剥げ落ちてボロボロになってしまった。無謀にも見る前は模写の対象で考えていたが、剥げ落ちた事象の処理方法で結論は出そうになく断念した。

|

2011年3月16日 (水)

イタリア絵画紀行 その6 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会

Vinchi見慣れた?サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会!

訪れるのは初めてだが、資料やbsで穴の開くほど見ていて既に親しみがある。

しかしある種聖地と決めていたので拍子抜けするほど質素な建物に戸惑うが、修道院だからと納得した。

|

2011年3月12日 (土)

イタリア絵画紀行 その5 レオナルド.ダ.ヴィンチ最後の晩餐

Vinchixサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の横をトラム(チンチン電車)が通り、現代と過去が同居した不思議な空間である。

”15分ですよ!”とガイドさんの繰り返される注意が耳にこびりつく。

40年の思いを胸にその場所へ入る...

Vincix2あ!あ!...違う!
全くもって”レオナルド.ダ.ヴィンチの最後の晩餐”は襲い掛かってこない。
一番前のベンチに腰掛け身じろぎもせず凝視する。
15分が2分くらいにしか感じない。
気が付いたら退室となっていた。
襲い掛からないが時間は強圧縮されて重量感を増し、時間軸がやられて茫然自失!

やはりこの異空間はレオナルド.ダ.ヴィンチが最後まで支配していた。

注:写真撮影は厳禁です。

|

2011年3月10日 (木)

オーディオはプロセス その2

Vinchi20レオナル.ド.ダヴィンチ作”聖アンナと聖母子、幼児の洗礼者ヨハネ”1499年、紙にチョークと鉛白、139.5 x 101cm、ロンドンナショナルギャラリー蔵、未完成。

天才と我々凡人を比較しても始まらないが、オーディオは正にこの名画下書きのようなものである。

これに彩色して最後はモナリザみたいになるのだが、中間プロセスはこれで良い。

大事な事は下書きデッサンで決まり、これがずれていると時間の経過と共にズレが拡大するか、堂々巡りに陥る。

オーディオはプロセスには違いないが、基本思想理念は未来を見据えた不動である必要がある。

|

2011年3月 8日 (火)

スーパーTTプロジェクト その10 原子時計の威力

5680a回転精度は水晶発振子に支配されている。

高精度水晶でも限界があり、スーパーターンテーブルプロジェクトでは原子時計のルビジュウムクロックを採用する。

かっては高額だったルビジュウムも、ebaeyでポピュラーなfe-5680aは100$から200$で購入できて、全てのデジタルオーディオはルビジュウム化したくなる。

fe-5680aは周波数シンサイザーを内臓してrs232cを使いsh2マスターcpuから目的の周波数に設定し、サーボcpuのクロック入力ポートへ入れて使う。sh2cpuは10mhzが基本で全く問題ない。

オーディオメーカー製の原子時計も価格が下がり使い易くなった。
クロックでそんなに影響あるの?
と思うでしょうが”演奏にコンダクターが加わったくらい激変する!”
とは若旦那の弁。

|

イタリア絵画紀行 その4 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会

Vinchi車窓から見慣れたサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会が目に飛び込む。

おー!ここだ。
レオナルド.ダ.ヴィンチが最後の晩餐を描いた場所は...

500年前レオナルド.ダ.ヴィンチが歩いた道をあんぷおやじも歩く。
なんて凄いことだろうか。

|

2011年3月 7日 (月)

イタリア絵画紀行 その3

Junkoローマの現地ガイドさんは斜め横顔がユーミンに似ていて、思わずローマのユーミンさんと声を掛けてしまった。

何とローマのユーミンさんのサプライズで、ラファエロの”署名の間”の鑑賞が出来て夢がひとつ叶った。

Ateneこの画像は鑑賞用のベンチに登り(ひんしゅくモノ)夢中で撮影した”アテネの学童”デス。

残念ながら右端のラファエロの自画像は切れている。

Hase更にたまげたのは映画”アマルフィー,女神の報酬”に女優さんと現地通訳で参加されていて、映画の話題で大いに盛り上がる。

帰国して直ぐさまdvdを観ると何カットも登場していた。(佐藤浩市さんの後ろの女性)Dott.Junko Hsasegawaさんで、現地通訳、ツアーガイドをされています。

Junko Hsasegawaさんに感謝!

|

イタリア絵画紀行 その2

Kondou日本の象徴的な旅行者構成で、賑やかなで元気な若者と口うるさい年配者の団体となった。

その両極端の団体を引き連れてくれたのが阪急交通社の人気添乗員のk藤さんだった。

奇跡的な連日の雨で(仕事や観光の海外旅行で連日の雨はただの一度も無い)カプリ島をはじめ青の洞窟めぐりはことごとく中止となり、その場でのアドリブツアーで苦労の耐えないk藤さんだった。

Am元ダンサーで役者だったk藤さんは、微に入り細に入り気を使いながら粘り強くアドリブツアーを構築されて、遂にカプリ島代替のアマルフィーツアーではその瞬間晴れを呼んでくれた。

添乗員のk藤さんに感謝!

|

イタリア絵画紀行 その1

Pieta連日の雨と肌寒さにたまげながら、それらを越える感動と強烈なメッセージにやられて益々”やる気”を授かってまいりました。

ピエタ像は望遠を使いやっとこの程度の画像の撮影に成功し、模写の可能性が広がりました。

よい旅仲間に恵まれ、若き人気添乗員さんの熱意に感謝し、ローマではガイドさんのサプライズでラファエロに感動し、盛りだくさんの絵画紀行を記事にします。

|

2011年3月 6日 (日)

Bill Evans,The Complete Live At The Village Vangurd 1961

Billヴィレッジ・ヴァンガード ライヴ録音、1961年6月25日ニューヨーク、cd3枚組。

コンプリートリバーサイドの10枚組も持っているがこの3枚組のリマスターが圧倒的で、これにビル.エバンスは極まりである。

そうだ!お宝であるからもう1セット、と探したらアメリカプリントがあってすぐに入手した。

早速比較するが奥深さはビクタープリントの日本盤、賑やかしいjazzはアメリカプリントでアメリカ盤はバックアップファイルとして使う。

それにしてもビル.エバンスの投資は生涯続き、ワルツフォーデビーの娘さんの所へ著作権料を払い続ける。

|

2011年3月 4日 (金)

イタリア絵画紀行 3月4日

Mic20m上空の天井画を見るには寝転ぶしかない。

ところがシスティーナ礼拝堂は読んで字の如く礼拝堂であるから、寝転ぶわけにはいかない。だから天井を見続けていると首が痛くて参る。

ミニダヴィンチと言われてダヴィンチ派だったが、前回ミケランジェロにやられてすっかりミケランジェロ派になった。

レオナルド・ダ・ヴィンチの”最後の晩餐”サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院を観て、自分がどう転ぶかワクワクしている。

|

2011年3月 2日 (水)

電源の重要性 その4

Dcps ”ショットキーバリアダイオードの音が良い”とゆうことでオーディオの定番くらいに普及したが、あんぷおやじ流儀はファーストリカバリーダイオードで、これしか使わない。

なぜ?と言われても”Bill Evans,The Complete Live At The Village Vangurd 1961”の気配感が凄くて決めた。

高効率電源の設計をやっているとダイオードを使っている限りはロスが多すぎて高効率は難しい。とゆう事はsbdやfrdにしても音を邪魔しているに違いない。

そこでパワー半導体業界の黒船インフィニオンテクノロジーズ...(メーカが言っているのだから間違いない。自動車用のpower mosfetは”International Rectifier”と”Infineon Technologies”が主導権争いをしていて日の丸はどうなっている?)のパワーmosfet,オン抵抗が3mΩを使い同期整流すればロスは大幅に減って、その音を聴いてみたい!

ex sbd 0.4vx10a=4wのロス、mofet10x10x3mΩ=0.3w
変換効率を95%なんかに設定したらダイオードは使えない。

|

2011年3月 1日 (火)

イタリア絵画紀行 3月1日

Bott 何でもそうだがその人物の時代背景を学ぶと、見える角度が違って新しい世界の出現で勉強となる。

ウフィツィ美術館のサンドロ.ボッティチェッリ(Sandro Botticelli)コーナーには”プリマヴェーラ”と”ヴィーナスの誕生”がありこれにみんな飛びつくが、実はボッティチェッリ苦悩の絵画も展示してあり今回はそこを重点に鑑賞しよう。

400年もの長い時間、時代へ埋め込まれて復権したのは19世紀だったとゆうのだから、悲劇の画家としか言いようがない。

この自画像にそれが滲み出ている。

|

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »