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2011年4月29日 (金)

イタリア絵画紀行 その25 天空の音楽村ラベッロ

Ravello10 ワーグナーが愛したラベッロはアマルフィから南下し、更に海抜が一気に上がり正に天空の村と言える。

Ravello20 ラベッロ教会へ向かう途中にトンネルがあり、ラベッロ音楽祭のポスターがトンネル中に張ってあった。

Ravello30 このポスターがおったまげるほど秀逸で思わず写真を撮りまくる。

Ravello40 ポスターを写真に撮るとか、写真を写真に撮るとかはあんぷおやじ流儀でよくやる。

Ravello50 トンネルの両サイドに張られていて行きと帰りに撮影した。

Ravello60 音楽芸術祭となると顔を出すのがハービーハンコックで、2009年のベルーナjazz祭でも名前を見かけた。

Ravello70 どうもマルクシャガールのイメージを参考にしたと思えるのだが...

Ravello80 隊列を乱し夢中でポスターを撮りまくっているあんぷおやじの行動の重大性に気付いたか、旅仲間の何人かがポスターを撮りはじめた。

Ravello90 なんだい、ひなびた教会じゃあないか!と思っていた天空の音楽村は、にわかに重みを増しあんぷおやじに迫ってきたのだった。

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2011年4月28日 (木)

姿を消したCardas Golden Reference

Cardas 常連のs木さんが”あんぷおやじー、全くカルダスが出ないぜ!”とこぼした。

s木さんのCardas Golden Referenceを借用しているので、そろそろ返さなくてはいけない。そこでオークションで探してよ、と依頼してあった。

ある日を境に一斉に姿を消したCardas Golden Referenceだが、これで音作りをしている為全く困った。

画像はCardas Golden Referenceのあんぷおやじ流儀チューニングバージョン。

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2011年4月27日 (水)

イタリア絵画紀行 その24 映画アマルフィ

Ravelloアマルフィを後にラベッロへ向かう。

強烈なイタリア観光の中で人口3000人足らずラベッロがなぜ?ここはワーグナーの別荘があり作曲活動もして音楽芸術の町となっている。

Lave 印象に薄い観光地なのだが、このラヴェロ教会(Duomo di Ravello)を見て気がついた!

映画”アマルフィ”で街中の石段を登るとやがて教会広場に出る。その教会広場を探してアマルフィの路地の奥の奥まで探したがなかった...やられた、あの場面はアマルフィではなくラベッロ地区だった。

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イタリア絵画紀行 その23 アマルフィ おまけ

Limo アマルフィは我故郷清水の庵原地区にも似て、断崖絶壁へミカンならずレモンを栽培して圧倒的シュアを誇る。

なんで土地の無い断崖絶壁なのか?長い歴史の創意工夫がそうさせたに違いないが、案外日光の具合など理にかなっているのだろう。

石段の通路に車は入れない、よって運搬は人手に頼るしか無いから必然的に雇用が生まれる。

レモンはリモーネと呼びリモンチェロと言うリキュールにしたり、巨大なレモンはファミリーレモンと呼ばれ皮を食べるが、これが滅法美味くてたまげた!

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2011年4月26日 (火)

レコードプレーヤのモータ

Acmレコードプレーヤモータで重要な事はたくさんあるが、特に大事なコトはモータの静粛性である。

リラクタンスシンクロナスモータが現時点における同期交流電動機(acモータ)の主流で、emt927をばらしても画像右のような極数分カットされたロータ形状にお目にかかる。

オリエンタルモータをばらしてたまげた!オリエンタルはロータがカットされてなくて円筒そのものである。山形から飛行機で飛んできたエンジニアのwさんがその構造の種明かしをしてくれた。

ロータ内部に空隙がありそれが同期のポイントだそうである。円筒ならばダイナミック特性は良くモータの静粛性には有利である。

おまけ:オーディオ開発で大切は素直さと音楽に対する真摯な態度で、ひたすらがんばるとある日突然劇的な答えを創造主がくれる。意地とかプライドで素直さが失われると劇的な答えには出会えない。

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2011年4月25日 (月)

アイドラードライブ

927_2emt927やガラードはアイドラードライブである。

なんだい、今頃古い!と言われてしまうが、音が良いのだから仕方が無い。但し問題はモータの振動とゴロ音で実に頭が痛い。

これを逃げたのがベルト駆動で開発者側としたら楽である。

サーボ剛性の順番では、ddダイレクト駆動、アイドラ駆動、ベルト駆動になりddダイレクト駆動はモータその物が音になりモータの開発は困難を極める。

この期に及んで困難なddダイレクト駆動レコードプレーヤの開発に寝食忘れているpieta audioチームのメンバーは、全員が還暦過ぎでやはり化石族としか言いようが無い。

少しずつだがac40極モータの開発は前進している...

おまけ:多忙を極めた中でのブログ更新はきついモノがある。せっかく書いた記事がアップした瞬間に”サーバ接続エラーです!”と出てパーになることしばしば、やっきりするがバグでは仕方が無い。日本人は特にソフトのバグには寛容である。

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2011年4月23日 (土)

イタリア絵画紀行 その22 アマルフィ 了

Amal10アマルフィの街中は細い階段と迷路で体力は使うし迷うし、実に面白い。

しかし生活するには我ら還暦過ぎにはチト苦しいね。

絵になる風景が至るところにあり、やはりここも長逗留して描きたい場所である。

Amal50_2 あっ!この教会を暗示するプレートは映画”アマルフィ”に出てきた。

しかし歩けども教会は出てこなかった。

Amal20路地から路地、階段から階段、隅々まで見て歩きで探索したが、映画”アマルフィ”の撮影場所の多くがここでは無いことを理解した。

メインストリートへ戻ると旅でご一緒した信州の夫婦がジェラード屋さんの前に陣取っていたので合流する。

Amal31 流暢なイタリア語で
”Gerard tre per favore(ジェラードを3個下さい)”と言う。
すかさず”大きいの小さいの?コーンかカップ?”と返事があり、なんだい日本語ができるじゃあないか!

Amal41 最後はアマルフィ海岸のカフェで世界一美しい町を眺めて別れを惜しんだ。

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2011年4月20日 (水)

イタリア絵画紀行 その21 アマルフィ その3

Poji1 旅の栞によるとポジターノで写真撮影をしてアマルフィは終わりとなっていた。

Poji20 これがポジターノの写真でアマルフィの中心地とは違う。

Poji30 違うが見事な風景で写真を撮りまくった。

天気が良ければここでお仕舞いだったが、悪天候のお陰で憧れのアマルフィを散策できた。

Poji40 しかし複数の日本人観光ツアーが同じコースを辿っていた為、アマルフィは日本人で溢れかえっていた。

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2011年4月15日 (金)

イタリア絵画紀行 その20 アマルフィ その2

Amalfi映画”アマルフィ”がアマルフィの中心地だけで撮影されていなかった事が直ぐに分かる。

Poji同じようなルートを辿るがあるものが無い。アマルフィ及び周辺の地で撮影があった、とゆう事でしょう。

アマルフィのラストシーンは眼下のポジターノの海岸であった。

この美しさは本来建てるべきでない岸壁に家を建ててしまったから生じたのであって、美しく作ろうと意識した訳でもないのだろう。

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2011年4月14日 (木)

イタリア絵画紀行 その19 アマルフィ

Amalfi荒天の上、海が高波で全ての観光がキャンセルとなり、代替観光でアマルフィとなった。

こっちには願ったりで内心シメタ!と思った。

余りにも美しく、しかしアマルフィの中に居たのでは近すぎて美しい街の風景は写せない。

アマルフィに入ってから今回のツアー中唯一の晴れに恵まれ”女神の報酬”とはこの事か...

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2011年4月13日 (水)

デザインの重要性と難しさ

Amp何十枚もスケッチを描いたが決め手に欠く。デザインは企業秘密でお見せできなくスマン!

ケン.オクヤマさんのような一流デザイナーならば直ぐにできようなモノが、2ヶ月間もウンウンと描き続けている。

プロのデザイナーから学んだ事は”流行に左右されずアールは控えめで精度感を出す”であり、そうだこれで行こう!

鋳物だから木型を作り形状の自由度は増しているが、そこにやられた。四角で良いではないか、僅かなアールをつけ縦横高さ比でデザインバランスを取ろう。

かくしてデザインの基本は四角と決まった。

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イタリア絵画紀行 その18 ナポリ

Napoxこれほどまでに連日の雨観光は経験が無いのだが...

予定ではポジターノでアマルフィ風景の写真撮影をして、アマルフィは通過してエメラルドの洞窟観光となっている。

アマルフィ方面に向かってナポリを後にするが、ベスビオ火山から突然太陽が差し込み、雨と太陽のごちゃまぜが風雲急を告げる様相を呈してきた。

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2011年4月10日 (日)

イタリア絵画紀行 その18 ユーロスター その2

Eurostarナポリまでは観光しながらバスで移動する旅行社が多い中で、阪急交通社はフィレンツェからナポリまで一気に南下する。

ユーロスターのデザインは500系みたいにボディに丸みをつけてあり、格好が良い!

ただし丸くすると700系のように四角張って室内空間を広くとることはできない。丸ボディのユーロスターの室内は、2席、2席となっていて狭さは否めない。

電車好きは乗車しながらあれこれデザインについて考えてしまった。

Fre1イタリアのユーロスターは”Eurostar Italia”が正式名称です。

ボディのネーミングはFrecciargento”銀の矢”とお洒落である。

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2011年4月 9日 (土)

イタリア絵画紀行 その17 ユーロスター

Ustearハノーバーで展示会のセッティングを終えるとドイツのマネージャーが駅まで送ってくれた。

インターシティエクスプレス(ice)でフランクフルトまで戻るのだが、ヨーロッパ鉄道に乗るなど初めてで戸惑うばかりで緊張した事を思い出した。

今度は阪急交通社のイタリアツアーで、大勢でフィレンツェからナポリまでユーロスターで移動する。

ワイワイガヤガヤ乗り込むと予約席なのに乗客が座っている。”This is my reservation seat”と言うと渋々移動する先客、予約席もへったくりも無く座ったが勝ち?几帳面な日本人の感覚とは大違い!

鉄道好き人間はユーロスターに乗るのが楽しみでありました...

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2011年4月 8日 (金)

フェンダーのエレキアンプとセッティング

Fenderギブソンのesシリーズギターにフェンダーのエレキアンプで好みの組み合わせである。

画像のマイクの位置はファーストステージ終了後で、えー変な位置だなー、と思っていた。写真撮影後気がついたか知り合いのミキサーがすっ飛んできて、マイクをセンターチャップ位置のど真ん中にセットした。

セカンドが始まるとえらくギターのアタック感が出て切れが良く、なんだいセッティングをしくじっていたのかと気がついた。ステージが進むと又してもマイクがズルズルと下がりスピーカの下まで来てしまった。

ファーストと同じ柔らかい音(若干ボケている)になってしまい、オンマイク位置の重要性を痛感した。

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イタリア絵画紀行 その16 フィレンツェ その2

Flolウフィツイ美術館は美の宝庫で、メディチ家の高尚な趣味のお陰でイタリアルネッサンスの証が世界遺産として後世に残った。

文明文化の蜂起は抑圧された人々の魂が呼応連動して自然発生的に興り、抑えきれない人間のエネルギーとも言える。

ウフィツイの数々の名画は”恵まれたあんぷおやじには無理!”と見透かされてしまい、近寄りがたい孤高の芸術でもあった。

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2011年4月 7日 (木)

高橋知己&小山太郎JAZZコンサート

Tarou4月3日、マーカムホールjazzコンサートの目玉であったエズラブラウンがドタキャンで、プロデューサーの森さんが頭を抱え込んでいた。

トラで高橋知己さんの登場となり、エルビンとプレイしていた事実で”いける!”と決めた。還暦過ぎほぼ同級生の上手いテナーは百戦錬磨で決してオーバーブローさせないが、キッチリと仕事をこなしていた。

ドラムの小山太郎さんを聴くのは初めてだが、上手い!尚且つドラムの音空間が大きく流石と感心した。

ピアニストの紅野智彦さんも良いピアノで、我お店で暫しピアノ談義をした。ギターの森下正弘さんはシングルトーンにオクターブ奏法を巧みに操り卒が無い。ベースの本山二郎さんとは一昨年の忘年会以来で、久しぶりにブルンブルンベースを楽しんだ。

実に通好みのjazzで、目をつむりながら上質のjazzアンサンブルに暫し時を忘れた。

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イタリア絵画紀行 その15 フィレンツェ

Micイタリアに長く居たシェフのs山さんが珍しく顔を出した。

”フィレンツェは芸術家の卵がたくさん居て居座るには良いのでしょうが、観光地化されすぎて全てが高い、シエナ辺りの田舎が良いでしょう。”と、アドバイスをくれる。

ウフィツイ美術館の見学は余りにも短時間で自由時間もなかったが、目標の絵画は穴の開くほど見てきた。

今回の収穫は画像のミケランジェロ作”聖家族と幼児洗礼者ヨハネ.1506年 テンペラ画.120cmx120cmウフィツィ美術館蔵”で、筆運びを丹念に見たが、これはあまりにも凄い!

一緒に観ていた家人に思わず”無理!”とつぶやく...

ミケランジェロは天才彫刻家でありながら、絵画はスーパーリアリズムのルネッサンスをこの時代に起していた。

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2011年4月 6日 (水)

がんばれ!平陸君

Riku初めて会った時は可愛らしい小学6年生だった。

ロックドラムだったがテクニックは抜群でたまげた事を懐かしく思い出す。

夢を追って高校進学は東京と決め、学びながらドラムに打ち込む日々が始まった。そして親子は故郷清水を離れ東京へ旅立って行った。

4月3日マーカム.ホールでのエズラ.ブラウンjazzコンサートに(エズラは地震の影響で来日せず)”ナイト.イン.チニジア”で特別参加した。

目を見張る成長にたまげた!この先どの様に、どうゆう風にjazzドラマーとして音楽界で活躍していくかは予想もつかないが、陸君の素直さと内に秘めた情熱は必ずや”成しえる”と確信している。

がんばれ!平陸君。

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WE300Bアンプの電源トランス

Union1ユニオン電機さんとは20数年の長い付き合いになる。

ややっこしいトランスをたったの5日で作る事で業界の地位を確保して、尚且つ堅牢なトランスで安心感がある。

オーディオに関してはユニオン電機製の電源トランスを多用してそれなりの効果を上げている。

今般300bアンプの電源トランスがレアショートしてしまい外観上から違和感を少なくするため、bts規格品を発注した。

同じスペックながらusa製より2割ほどボリュームアップしてしまい取り付くにチト苦労があるが、まあいいか。

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2011年4月 5日 (火)

イタリア絵画紀行 その14 ミケランジェロ広場

Mic1フィレンツェへ来れば必ず寄る所が街を一望できるミケランジェロ広場デス。

寒さのミケランジェロ広場には長居できず写真を急ぎ撮りバスへ戻る。

ここの路上で絵を売ってやろう?と密かに企てているのだが...

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2011年4月 4日 (月)

Geila Zilkhaさん 時間が止まる!

Geilajazzボーカリストのギラ.ジルカさんが突然来店してくれた。

忙しいスケジュールの合間を縫っての急ぎ旅ではあるが、暫しjazzを楽しんでいかれた。

ギラさんとは最初に会った時の印象が良かった。ごく普通の女性がひとたびステージへ上がるとjazzの歌姫に化身してその落差にやられた。

Karelia父君の母国はイスラエルで名曲”ハバ.ナギラ”はイスラエル民謡とギラさんから聞いていた。

そう聞けばハバ.ナギラは知っている。1967年に手入れたスエーデンのエレキバンド、スプートニクスのドーナツ盤”霧のカレリア”のb面にある。

レコードを探し出しやおら掛ける、思わず微笑むギラさんにしてやったり。”ギラ.ジルカのギラはハバ.ナギラのギラから来ているの!”

Billie1emt927の修理が完了して返却間近、現時点ベストのjazzでおもてなしをする。

もうこれしかない!と定番の”Billie Holiday Songs For Distingue’Lovers”45回転盤をかける。

ビリー.ホリディを聴きながら”ここは時間が止まってしまったよう...”とギラさんが最大の賛辞を送ってくれた。

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2011年4月 3日 (日)

電源の重要性 その4 フェーズ・シフト・フル・ブリッジPWM制御

R2a20121太陽電池のdc-ac変換器もオーディオ用の電源も全く同じで、限りなく高効率にする必要がある。

今般の原発事故は高効率電源の要求を待った無しで突きつける。

フェーズ・シフト・フル・ブリッジPWM制御でスイッチングトランスをゼロスイッチしてノイズを出さず高効率を実現する。

ルネサス(日立)のr2a20121がこの専用のicだがこれは使わない。専用で高速スイッチング480khzを出すが、専用が故使いずらい所があるし他社との差異がなくなる。

そこで同じルネサスのshcpu7083,80mhzを使いタイマーポートで位相シフトのpwmを目論んでいる。ソフトのデメリットは速度の遅いことであんぷおやじ流儀でも200khz程度でr2a20121に負ける。

負けるが各種帰還や可変パラメータ動作などcpuソフトによる新たな技が考え出され、面白い物が出来そうである。スイッチングトランスも自分で作る為、音の良い資材がふんだんに投入できる。

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2011年4月 2日 (土)

ヴィンテージオーディオ修理完了

Emt927オーディオ先輩のs山さんに”温かくなるまでには完了します。”と約束して、ここの所春冷えで納期は守れそう?になった。

300bパワーアンプのトランスが震災で納期遅れが出ていて待ち状態、入荷次第交換して晴れて納品する。

emt927で随分良い音を経験させてもらいありがたかった!この音を参考にスーパーターンテーブルプロジェクトのダイレクトドライブ40極モータ径540φの開発に拍車を掛けよう。

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