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2013年10月 6日 (日)

ジェームス・B・ランシング=JBL

Jblxあんぷおやじ誕生の年に、ジェームス・B・ランシングは自ら命を絶った。64年後の命日9月24日が過ぎてしまい、慌ててエントリーした。

根っからのaltec党ではあるが根っこは同じで、ジェームス・B・ランシングのランシング社がaltec社となり続いてjbl社となった訳だから区別のしようが無い。よってaltec党とjbl党は親戚と考えてよろしい。更にjbl社ではバート・N・ロカンシーの登場で、guassもtadの木下モニターも親戚と考えよう。なんだい、結局全部ではないか。

A2xしかしその元を正せばウスタン・エレクトリックとなり、更にグラハム・ベルのベル研となる。歴史はイモヅル式なのだ。

我がamp工房のスピーカの515bと288-16gの原点は、ジェームス・B・ランシングの開発で1945年頃に遡る。

かっては会社を経営していたので、負債が膨らんだジェームス・B・ランシングの心中察するに余りあるが、せめて命永らえたならばjblスピーカの名器がもっと多く誕生していたはずだ。あんぷおやじ流儀jazzオーディオは、ジェームス・B・ランシングで始まり、ジェームス・B・ランシングで終わった。

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