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2016年12月27日 (火)

amp研究所2016最終日

Imtt12月25日はamp研究所の研究最終日だが、師走でnakaさんとミルトさんの2名のみ参加で2016年は幕を閉じた。
kuraiman社長氏は接待業の延長でお休み、ヴァイオレンス住職は正に住職飛んで回りお休み、dj tukaさんは休日返上の大忙し。最近は坂道を転がり落ちるか如く勢いで時間が過ぎ、気をつけていないと持ち時間の少なさを忘れてしまう。さて、当然メンバーが少ないから3相誘導電動機ddターンテーブルの実験機を前に、本年度総括の密談を始める。
”水晶防振構造ケーブルもアンプも既に商品レベルだが”
”インパクトある商品なら3相誘導電動機ddターンテーブルだね”
”早いとこ完成させてラスベガスcesへ持っていこう”
”cesで見城先生に英語で論文を発表して頂くのも良いと思います”
”dp80は止めて3相誘導電動機を先にやってよ”
”無理!無理!”
”3相誘導電動機ddターンテーブルビジネスは皆さんに託すよ”
”ようがす!”
450we300bからrca2a3をきっかけに徹底した古典管研究に没頭した。普通ならば何年か掛かる研究を1年で終えたが、古典管に大散財した。研究開発には勝負所があり、それが今!と判断して決着をつけた。最大の成果がamp研究所使用古典管の選定で、rca or カニンガムの245、345、250、350、171、201、301に決まる。
”we幻の252aは45万円+32万円でさ”
”無理!無理!”
”we 300aはペア100万円でさ”
”無理!無理!”
”2a3シングルプレートはペアで10万円以上なのね”
”無理!無理!”
”古典管とは骨董でそうゆう世界な”
”素では252aや300aに勝てないが、水晶で新しい表現を出せる”
Lamp_2カニンガムcx350を使ったラインアンプは凄いの一言だがプレートチョークを使ったせいで、音色が少々気に入らない。全く人生と一緒で何かを得ようとすれば何かを失うトレードオフが、jazzオーディオまで支配している。これは鉄との戦いで古典管研究以上に難儀するが、この未解決事件を解決しないと単にブランドによるトランス音が良いの悪いのになってしまう。まあ画像のような前衛オーディオになったのが自慢と言えば自慢か。
”進化が早すぎるよ!”
”アルミ削り出しkuraimanさんラインアンプ製作が随分昔のような”
”持ち時間が皆さんほど無いから仕方がないね”
”狂気のランアンプにパワーアンプにチャンデバの登場になるのね”
”この手法の最大の成果はフォノイコで現れるよ”
310水晶粒防振構造化は古典管の振動に弱いを見事に克服して、妙なる音を奏でる。古典管の場合トリタンであれば美しく光るさまを自慢げに見せたいし、デフォレストaudion-450ならば珍しいからこれ見よがし。全般的に古典管のナス管は鑑賞に値する美しさを持っているが、銅管に入れて水晶粒を充填し更に鉄缶に入れ、電磁と磁気の徹底したシールド処理で見た目は無骨になり、得体は知れない。
”水晶調達では苦労を掛けます”
”前回の水晶粒発注量は何と500kg!”
”販売店が転売じゃあないかと疑って困ったな”
”次の発注量は単位が変わり1トン~2トンになります”
”無理!無理!”

Milesx便利主義から派生したものは器用なんだけど重みが無い。画家の兄貴から”今時は油絵の具じゃあなくてアクリル絵の具だよ”と言われたが、ダ・ヴィンチもカラヴァッジオも描いた油絵の具しか、この期に及んでからやる気はしない。古典テクノロジーに惹かれる理由は本業がロボット&コンピュータエンジニアで、職業病からくる拒絶反応でmosfetもsicもrisc cpuも見たくない。鉄の謎解きや古典管の研究と平行して次なるamp研究所のテーマは、レコードジャケットの完全なる再現を油絵を通じて目指す。
”あんぷおやじ流儀であれば、完璧に描けるようになる”
”本当!”
”絵画学校ではやらないダ・ヴインチのスフマート技法を使う”
”小学校以来描いたことはないし”
”今更デッサンなんか面倒でやっていられない”
”デッサンはレコードのジャケットに方眼をあてて細密に描き取る”
”面白そう”
”それじゃあハンプトンホーズのワニジャケットが描きたいね”
”ようがす”
Coltrane相変わらずレコードとcdとの比較論争があり、レコードの方が音は良い派が大勢を占めている。これは比較の方法に問題ありで、レコードの音が良いとは限らない。例えばコルトレーン、インパルス盤オリジナルとcdを比較すれば誰でもレコードの方が良いとなる。現代ウイントンマルサリスがレコードとcdを出したとしたとすれば、cdに軍配が上がる。製作過程に問題があり真空管ampexで録音したコルトレーンをopampスチューダーでリマスターすれば、そこで1961年のjazzエネルギーは失われる。
”静岡オ-ディオラボではcdがlpを超えたと言う”
”正解でしょう”
”現代opamp録音ならば性能上cdの勝ち”
”レキシントン盤オリジナルは不戦勝でlpの勝ち”
”何に重きを置くかでlpかcdかを決めるべきでしょうね”

Chikuonミルトさんがわざわざ蓄音機とspレコードを持参して講演会を開いてくれた。希望で美空ひばりとドリスディを聴く。初めてとは嘘になり小学時代はこればっかりで、すぐにゼンマイが途切れ、ウニャ~ンとなる。格別これで感動したことも無いし驚かなかったから音楽にのめり込むのはずーっと後になる。その小学時代の蓄音機とはエライ違いで、コロンビア蓄音機は演奏時間も長いしワウフラも気にしない。
”鉄針だから煩いのかね
”サボテン針の音はまろやかになるよ”
”ウチそのサボテン栽培してまっせ”
”電気を使わなくても煩さいとは知らなかった”
”ホーン鳴きもするから、電気仕掛けと大差ないね”
”コンソール型の高級機なら違うのかも”
”風聞に惑わされず、自分の耳と感性で判断しよう”
現代オーディオの電気仕掛けが悪いみたいな風聞は吹き飛び、機械仕掛けでも音を飛ばせば似たような問題がある、と気がついた。古典管で言えば真空度の低いソフトヴァルブの時代に似ている。古いものが全て良いのではなくて、文明文化の進化曲線は富士山型をしており、必ず頂点を向かえその後降り、その前後に古き良きものが存在する。現代も過去も含めて良いものを選択する心眼は重要で、その心眼を養うために本物に多く触れ日々精進努力しないと益々文化的過酷になる時代に、操られ翻弄され我は失われるからご用心あれ。

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