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2017年1月28日 (土)

コルトレーンのものはコルトレーンに返せ!

Sz2キリストの名言に”カエサルのものはカエサルに返せ!”とあり、迷わず隣の柿木の落ち葉を集めて柿木の根元へ返しておいた。翌日突風が吹き荒れ、amp工房の駐車場は再び柿木の落ち葉が散乱して迷惑なり。そこで再び ”カエサルのものはカエサルに返せ!”をやっておいた。それから暫くしてまた突風が吹き、amp工房の駐車場は再びの再び柿木の落ち葉が散乱した。
Roma1キリストとは程遠いあんぷおやじは流石に3度目はやっきりして、カエサルに返すのを止め落ち葉を集めてゴミ袋に入れた。(カエサルのものとはカエサス銀貨のこと)ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar)英語読みではあのジュリアス・シーザーとなり、ブルータスよお前もか?となる。画像はローマで見かけたジュリアス・シーザー像です。

Coltranex_2jazzオーディオも同じで”コルトレーンのものはコルトレーンに返せ!”となり、cdやlpを所有した途端に大勘違いが始る。特に高価なオリジナルレコード盤なんかを所有しようものなら”俺のもんや!”と胸を張り、これを称して唯物論者という。残念ですがコルトレーンのjazz魂までは唯物論では所有できず、行き詰る。
Kulusemamaコルトレーンjazzで高みを標榜するならば、コルトレーンの魂を余す所なくスピーカから発し、天国のコルトレーンに返さなくてはならない。所がややもするとコルトレーンに返すどころか、所有欲に支配された自我に返してしまうから真夜中眼前にコルトレーンが現れてくれない。自我を制御してコルトレーンの魂に寄り添うようにjazzオーディオを進化させるには、無限の寛容さが必要であんぷおやじには未だ難しい命題デス。
4004_2無限の寛容さで”コルトレーンのものはコルトレーンに返す!”には1つ手掛かりがあり、jazzオーディオ何十年歴の常識やセオリーを破壊して捨て去り、原点に立ち返りjazzオーディオの完成度を上げるしかない。jazzオーディオの完成度を上げるにはシステム全体に存在する唯物の全ての完成度を上げるが必須で、無限の存在は不可能を意味し極度に単純化をするしかない。jazzオーディオに使っているプロセッサやdspやad,daコンバータにはトランジスタは何百万個も存在してあんぷおやじ流儀では手に負えず、早々にcdは諦めレコードにそれを求める。
2再三言うが、レコードの方が音が良い!と贔屓にしてレコードにするのではない。レコードもテープもcdもハイレゾも音に関しては似たような音になるはずで、録音機材や環境や年代、リマスタ手法など条件の違いにより音が違ってしまったと認識している。しからばなぜレコードを?となる答えは、コルトレーンの魂はレコードオリジナル盤に存在し、且つ一番単純化できて完成度を上げられるからデス。
Cx310こうして我田引水論文はある方向へ誘導し、dcマニアさんが命名してくれた”オーディオは純銅と水晶と直熱管!”となる。電源系は純銅のみ使用、増幅系は古典管のみ使用、個々の部品は銅や純銅化して、それらを水晶で振動を除去すればコルトレーンの魂に迫らん。
”コルトレーンのものはコルトレーンに返せ!”

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