« 音色力学 ビリー・ホリディ「奇妙な果実」大研究 | トップページ | 前衛力学 コルトレーン オラトゥンジ・コンサート(ザ・ラスト・ライヴ・レコーディング) »

2019年8月28日 (水)

ハンガン(漢江)ブルースⅡ

08261 ハンガン(漢江)はソウル市を南北に分断して流れる大河で、大陸にありがちな土色をした水を湛えている。信州の清流で育った自分にはお世辞にも綺麗な川とは言えない。その落陽ハンガン(漢江)ブルースもやがて現実に陽は沈んでしまう。これだけ全力を尽くして営業と啓蒙活動するもmr.an社は消滅してしまい、あんぷおやじの韓国技術営業は突然終了した。内心は今でも「どうしてくれるんだい!」とな。常々思うが、あの国はこうだとか、この国はああだとかは関係なく、人間皆同じで親切な人間も居れば陥れようとする人間も居る。違いは表皮と教育であって、案外そこを勘違いしたがる。韓国の表皮はとにかく声がデカい。従って、もそもそしていたんではロボットの啓蒙などできない。京畿道(キョンギド)の自動車関連企業には初期の4軸ロボットが納入されており、当時部下が試運転調整で相当いじめられた経緯があった。地方巡業で偶然この企業に出向いたら20人位が集まって、ワイワイガヤガヤこの4軸ロボットのクレームをつけてきた。これは仕様の問題で我が方に責任は無いと認識しており、更に部下がいじめられた経緯を思い出して熱くなり、日本語の大声で「うるさい!あんたらの仕様に問題があるのではないか!」と一喝したら全員が静かになり、セミナーは滞りなく終了して一つ学んだ。

08259x韓国にも梅雨があることを知った。雨が降り続く中クルマを置いた場所からセミナー会場まで、重たいロボットを手で持っていかなくてはならない。客人の自分は持たなくても良いのだが、つい見兼ねて重たいロボットを担いでしまう。パソコン工場のヒュンダイ電子は巨大なコンクリートジャングルで、真夏にこの重たいロボットを運ぶのは真にキツかった。地方巡業のmr.anチームは3人の若者で、このロボットセミナーに懸ける熱意を感じ、こっちも講演に格別リキが入った。今考えても良くあれだけのことが出来たな~と、自信を持って回顧できる。余談だが、講演に持参した4軸ロボット制御装置は画期的で、相棒の天才ソフトマンが作った最強のロボット言語を持ち、これならば自信を持って営業できると思わせた自信作だった。いまだに世界中も見渡してもこれを超えるロボット制御装置の登場は無い。左右の放熱器にデジタルサーボアンプを2chずつ搭載で4軸構造。今だから言うが、やりたかったハイエンドオーディオアンプそのものの構造をロボット制御装置へ密かに応用した。この真実は誰も知らない。

08266x地方巡業はヒュンダイの中型車に乗り、前席にyanさんとアナザーkimさん、後席に通訳のkimさんにあんぷおやじの4人と1台で効率良く移動した。疲労困憊で沈黙の中ラジオ放送が流れ、聞くとはなしに聞いていると日本の演歌みたいなハングル歌が聞こえて、ここにも日本文化が浸透している。kimさんに「これ日本の演歌みたいですが?」と聞くと「いや我が国の伝統的音楽です!」と言う。何れも「我が国とか伝統的とか」と国粋的表現が付きまとい、この国の教育の原点が垣間見えた。他にも明らかに日本文化と思えるモノも多かったが、いちいち問いかけも面倒で放っておくことにした。苦楽を共にしていると、この3人の若者とは同士の感覚になってくるが、根底は教育と文化のギャップで分断されている。そのギャップをオブラートで包んだ上でのお付き合いと、直感的に感覚した。

08267意外や意外で、仕事ではタフな割りに辛いモノや珍味に弱く、食事では随分困った。客人が来れば接待で贅沢な食事を共にする、これはどう見ても日本式の接待文化としか言いようがない。この悪しき?慣習の日本文化は東南アジア圏に広がったようだ。mr.anチームは食事にも随分気を使ってくれたから、食事が合わなくても「マッシソヨ」を連発して、やせ我慢をする。画像は中華料理だが、焼肉に日式(和食のコト)に宮廷料理など数々。一番のお気に入りは焼肉で毎度のリクエストとなるが、焼肉は持論で料理と見なさないから、韓国料理の真髄はやはり宮廷料理だろうか。当時の日式にいたっては和食もどきで殆ど怪しかった。昼食で食べたチゲ鍋に胃がやられて午後のセミナーでは声が出ないトラブルも起き、昼食の辛いものは厳禁とした。その他さまざま食したが、和食とは稀有なる「料理」であることを再認識した。

082621989年当時、米軍基地近くの梨泰院(イテウォン)はニセモノ街として賑わっていた。コルムやグッチの腕時計を両手に付けて成田に入国しても、税関で何も言われない時代だった。コルムのなんとかフラッグのガンメタなど本物は200万円する時計が数千円で買えた。日本人の観光客も多く、たいていは画像の表通りに並ぶ皮製品やニセモノグッズを入手していた。その後ニセモノ街は一掃されてアンダーグラウンド化した。時を同じくして成田ではニセモノの持込禁止となり、摘発までされるようになった。

08263ここで登場が見かけだけダンディなlee専務で、このニセモノ街に大いに顔が利いて、もしかしたらこちらのボス?ではないかと疑問するくらい。lee専務がヒッヒッと笑いながら「あんぷおやじさ~ん、ニセモノにも良品(正義)と不良品(悪)があるのね、表通りで売っているものは不良品(悪)ばかりやねん」勿論通訳のkimさんの言葉。なんだい、ニセモノに正義も悪もあるものか!と思わず吹いた。突然あんぷおやじの腕をグイと掴みlee専務は地下へどんどん降りて行き、段々不安になる。流石にこんな怪しい場所には日本人は誰も来ないし入れない。バックからサイフから勿論時計まで世界のブランド品が目白押しのお宝の山、そのお宝に目が眩み土産にと時計やサイフや名刺入れなど多くを買った。そこでハッと気が付き、見かけだけダンディlee専務の持っているヴィトンのバックも、これじゃあ...
人柄はすこぶる良くダンディなlee専務は最初にmr.an社を去った。
更に時計話しには落ちがある。コルムの腕時計は3ヶ月でメッキが剥がれ、ばれることをメッキが剥がれると言うが正にそれ、且つ良品のニセモノも(最悪)でありました。

08264定宿インターコンチネンタル・ソウルの朝食は豪勢なビュッフェスタイルでお気に入り、泊り客ではない日本人の観光客が朝食だけ(2,000円)に来たりする。食後はクラシックが静に流れる広大な吹きぬけラウンジへ移動して、「アガシー、コピーチョセヨ」とコーヒーを依頼する。ハングルは日本語と同じ文法だから、定型文さえ覚えてしまえば簡単なのだ。ただ発音は難しく諦めた。彼らの発音でコーヒーのヒーはピーとしか発音できないからコピーとなり、デファレントはデプロントとなる。そのインターコンチネンタル・ソウルから歩いて行ける場所に、洒落たロック・カフェを見つけて常連客となった。オーナーはソウル大芸術学部出身の才人で芸術家、画像のお店ロゴは本人のデザイン。英語を話すから我が方のカタコト英語でもなんとかコミュニュケーションは取れた。この時代日本は既にcdの時代になっていたが韓国は未だレコードの時代で、地方巡業の合間を縫ってmr.anにレコード屋へ案内してもらう。レコードを見てダメだと思った。日本の末期に等しくペラペラのソノシートみたいなlpでは良い音が出るわけも無い。そこで何枚も持っているオリジナル盤ガボール・ザボの「ドリーム」をロック・カフェへお土産としたら、音の良いレコードにエラく感動していた。

08265ロック・カフェのオーナーはヒュンダイのクルマ(ソナタ?)を持っている。当時個人でクルマを持っている人は殆ど居なくて珍しく、きっとお金持ちなんだろう。これから韓国のモータリゼーションが始まる丁度その時代だった。そこで韓国車に興味があったから運転させてもらった。国際免許を持ってアメリカで度々運転しているから、ヒュンダイの左ハンドル車も問題なく運転できる。アンダーパワーでシェラトン・ウォーカー・ヒルの坂道ではゼイゼイし、サスはよれよれでコーナリングの挙動はすこぶる妖しいし、全体的にガタだらけで精度感はまるで無い。この時代クルマはまだまだの時代だった。それと日本車は全く見ることは無く、ホンダのアコードで1千万円級と関税はとんでもなく高くなっていたようだ。全力を尽くしたお陰で韓国文化と真面目に面白く向き合うことが出来た。これは通常の観光客とは違う稀有なる体験と決めて、回収不足のこの件に落とし前を付けた。mr.an社はmr.kimが引き継いで現在も存続している。
...近頃の騒々しい日韓関係に、つい昔を思い出してしまった。

 

|

« 音色力学 ビリー・ホリディ「奇妙な果実」大研究 | トップページ | 前衛力学 コルトレーン オラトゥンジ・コンサート(ザ・ラスト・ライヴ・レコーディング) »