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2019年8月30日 (金)

前衛力学 コルトレーン オラトゥンジ・コンサート(ザ・ラスト・ライヴ・レコーディング)

08280失敗力学は1990年代頻繁に起きた。ハイエンドの終焉と第3次自作への挑戦の狭間で、何をやってもダメだった。要するにjazzオーディオにおける思想信念が無い。画像はその失敗例、cdの機種は覚えていないが10万円前後の普及機のはず。プリアンプはcelloのアンコール1MΩこれがいけない、ハイエンドの繊細緻密な表現は上手いがjazzのエネルギーや分厚い音は無理で、しかしこれは130万円もする高級機で未だに人気は高い。この時代celloで何台もシステムアップしたが、何れも線は細かった。当時流行った6c33cbのotlアンプもいけなかった。勇んで3台ほど自作したが、トランス付き真空管アンプより音はつまらなく、出力トランスの謎解明にその後20年も要してしまった。しんがりのオンケンもいけなかった。500と5000stだが、altecほど分厚い音は出ずに綺麗な音でjazzには向いていなかった。ここでの生き残りはaltecの416-8aで、現在はm+aさんの所で活躍している。失敗したこれらの機種は愛用者も多く失礼に当るから、jazzに不向きとゆうより使いこなせなかったと表現しておこう。jazzオーディオのおける思想信念の構築にはこうした尊い犠牲(経済損失)がつきもので致し方なく、現在のamp研究会の目的は研究者の皆さんに余分な投資をさせない反省でもある。曾子曰く「吾日に吾身を三省(さんせい)す」とあるが、反省するのはこの時代っきりにして、現在は反省なんか無駄でコルトレーンを聴きひたすら前進前衛あるのみ。

08281ここから本日の主題の前衛力学におけるコルトレーンのオラトゥンジ・コンサート(ザ・ラスト・ライヴ・レコーディング)です。ライブ録音は1967年の4月23日で、亡くなる3ヶ月前になる。丁度日立へ入社して現場実習の最中で、生涯を左右する出来事がニューヨークハーレム125丁目43番地のオラトゥンジ・アフリカ文化センターで起きようとしていたのだ。ここから遡ること1964年6月29日、エリック・ドルフィーはベルリンで客死した。エリックの両親は、彼が愛用していたフルートとバス・クラリネットを形見としてコルトレーンに渡した。ポスター画像の通り、エリックのフルートを従えてコルトレーンはエリックへと向かって逝った。

08285xこのポスターによるとステージは4pm~6pm、6pm~8pmと2時間になっているが、後にcdとなった時の演奏時間と合わない。第一ステージと第2ステージの間に休憩時間は無い。更に入場料を見て欲しい、in advance(前売り)で2ドル、at door(当日)で3ドルと、とんでもなく安い。

08282この時代とゆうよりオレンジレーベルが無くなる事はヴァン・ゲルダーの不参加に等しく、オリジナルレコード盤の価値は無くなるからレコードは購入出来ないとしていた。だがコルトレーンレーンの最終章はどうしてもヴァン・ゲルダー刻印無しに踏み込まねばならない。その福音が一連のcd装置の進化で、特にdaコンバータがdcs Elgar DAコンバータ 5bit Ring DACになってからはレコードの音を超えて、新たな展開が始まった。

08283そこで登場がコルトレーン オラトゥンジ・コンサート(ザ・ラスト・ライヴ・レコーディング)となる。このcdは素人録音だのラジカセより悪い音だの散々だが、コルトレーン最後の鬼気迫る演奏は音に悪態をつく連中も「凄い!」認めている。amp工房の最新装置ではこの悪いとされた録音が問題なく聴けるレベルで、安堵した。なんせコルトレーンの最後だから。ところが突然録音レベルが上がったり、我らの素人録音みたいな感じも、まあいいか。

08284演奏会場の広さは9mx30mで270㎡と狭い。この狭い空間へ何百人と詰め掛けたからさあ大変、しかしこの最後の演奏を目撃した人々はなんと幸せなんだろうか、フリーjazzはライブに限るからだ。演奏曲目は「ア・ラブ・シュプリーム」から「パート1:承認」、そして「コルトレーン」から名曲「トゥンジ」に「エクスプレッション」から聴きなれた「オグンデ」、しんがりは「マイ・フェイヴァリット・シングス」となっている。しかしながらこのcdには「オグンデ」の28分25秒と「マイ・フェイヴァリット・シングス」の34分38秒と、おおよそ1時間しか入っていない。残りの1時間はcdとして後に出てくるのか?当日は演奏しなかったのか?録音はしなかったのか?録音をしくじったのか?歴史書を紐解いても明快な答えは無い。しんがりの「マイ・フェイヴァリット・シングス」は正に絶...品で、中条省平さんの「コルトレーン最後のマイ・フェイヴァリット・シングスに心の底から戦慄せよ!」に全てが集約される。ついでにこのマイ・フェイヴァリット・シングスと同じディメンジョンの前衛jazzは「阿部薫」と中条省平さんは言うが...

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