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2019年9月 1日 (日)

前衛力学 阿部薫「解体的交感」

08301x撮影:菅原さん
一関ベイシーの菅原さんはある種万能の天才とも言える。訳あって何度目かの「聴く鏡」を読んでいる。すると何と「トロイダルトランス」と出てきてたまげ、早稲田の文学部のはずだがぬかった。更に「その先に再び現れる」の章では「スライダック調光器をトライアック(双方向サイリスタ)調光器にしたら音がまるで悪くなり、40wの電球を20wにしたら音が悪くなる」と理詰めを発見している。前者は銅と半金属の音色の違いとスイッチングノイズ発生の有無、後者はインバータノイズ電流量対抵抗負荷ノンノイズ電流量の重畳比率で謎は解け、理工系にも滅法強い。カメラマンはプロはだしだし、名刺のデザインも自分でやって美術にも強い。おまけにベイシー建物のレンガ積みまでやったのだから、まるでミケランジェロみたいだ。何より文才は極め付けで、知り合いの直木賞作家より文体は面白い。とゆうコトで「聴く鏡」はぜひ読んで頂きたい。オーディオにおける知恵や面白解釈はもとより、現代社会の分析学、人生の生きる知恵など満載で、これだけの哲学書はそうザラには無い。
08308撮影:kuraiman社長氏
さてkuraiman社長氏は最近立て続けに2度も一関ベイシーを訪問している。1度目は定休日、2度目は本日終了!静岡から一関だぜ、それでもあっけらかんとしているから「社長、良い性格していますよ!」と思わず褒めてしまった。その「聴く鏡」の一節「初めての地に初めてのジャズ喫茶を訪ねる時...もっともいけないのはお店に直接電話を入れマスター等に道順を訊くことだ。作法からいってもこれは下の下とされるが、第一、立ち合いからこれでは「ジャズ」になっておらぬだろう。」とゆう訳で、kuraiman社長氏は作法から「ジャズ」になっており、菅原さんから合格点をもらえる...と思う。

08302訳あっての訳とは、昔、ベイシーで阿部薫の話をした時菅原さんが「凄かった!」と言っておられ、そうだ「聴く鏡」の冒頭に空前絶後の音として書かれているはずだ。「阿部薫1949-1978」に寄稿されており、「聴く鏡」の空前絶後の音の一節「...阿部薫はもの静かな男であった。楽器を組み立て終え、マウスピースを口にくわえると、突如阿部薫は野獣と化した。小柄な躯を宙に投げ出し、のけぞり、物凄いスピードで日本刀を払ったような「悲鳴」が空気を切り裂いた」。その昔、今年亡くなった児山紀芳さんがfmで紹介していたが全く聞く耳持たずで今日に至り、これも残された「宿題」だった。

08303残された宿題と気付かされたきっかけは、又しても中学2年のt-mon君だ。2回ほど前のamp研究会に、t-mon君は藤井さん(tbm)の高柳昌行のcdを持参した。「高柳昌行は確か前衛のはずだが、このcdをよく聴けたね~」「はい、良かったです」と相変わらず口数は少ない。「t-monが聴いてから、気にって買ったものです」住職がすかさずフォローする。xrcd(Extended Resolution Compact Disc JVC Music Inc.)だから手に入れたようで早速かける。高柳昌行以外のメンバーは分からないが心に響く重たいギターで中々良く、前衛ではない。そこで高柳昌行となれば、そうだ阿部薫とやった前代未聞の前衛だと、記憶の宿題が繋がった。余談だが、t-mon君の才能は...もしかしたら...ギフテッドかも知れない。

08304ここまで宿題に繋がれば阿部薫のcdを手配するしかない。それが当時の問題作の「解体的交感」なのだ。kuraiman社長氏が早速調べる。「ビリー・ホリディが母でエリック・ドルフィが父と阿部薫は常々言っていた」と言う。阿部薫は同い年の丑年、学生運動吹き荒れた前衛世代で僅か29歳で才能を消してしまった。レコードは資金の関係で限定100枚の自主制作、現存する枚数は極度に少なく入手は不可能。cdならば問題なく入手できる。

08305この「解体的交感」もコルトレーンのオラトゥンジ・コンサートと同じプライベートライブ録音で、音質は最悪とされている。特にレコードでは聴けるがcdでは音になっていない、くらいの評価もある。1971年、阿部薫は一関ベイシーにやって来て、菅原さんの目の前でいきなり「バーッ!」とやったからぶっ飛び、生音を聴いたから「凄い!」のでしょうが、こっちはfmで聴いた程度では真実の度合いがまるで違う。違うが、負けちゃあ居られない。最強のdcs Elgar DAコンバータ 5bit Ring DACでレコードの音を超えたろ。cdを回す、1970年録音の「解体的交感」が50年経っていきなり「バーッ!」と飛び出し、こっちもぶっ飛んだ。音の隙間が少なく、高柳と阿部が隙間の埋め合いをしているように見えて、凄い。ライナーノーツは前衛jazz=難解と捉えて解説までやたら難解で読むのも面倒、前衛絵画も前衛jazzもやたらと解釈を付けたがるのが、この時代のクセ。ライナーノーツは全部白紙にして、ただ一言「聴け!」がいい。聴いて理解できなければライナーノーツは何ら意味を持たない。

08306他にも1960年代後半から70年代に掛けてのフリーjazzの宿題は「阿部薫」にまとめて面倒みてもらうことにして、ソロアルバム「スタジオセッション1976.3.12」を手配した。フリーjazzの落とし前と、今は巨大になったロボットベンチャーを起業した記念月でもあり、そっちの落とし前も付けてもらおうとの魂胆で、このcdにした。同い年だから生きていれば古希だが...阿部薫が逝ってから何年かして子供の前で鈴木いずみも自ら命を絶った...jazzも私生活も余りにも破滅的で壮絶過ぎ、こうなりゃあ弔い合戦をしなくてはならない。阿部薫の最後を目撃した幻冬舎の見城徹は有度第一小学校卒で、家人の先輩になる。縁とはどうやら果てしなく繋がるものらしい。

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