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2021年2月 5日 (金)

反戦絵画とjazzと弘田三枝子さんと

2102053出展:wikipedia
投下されるナパーム弾!
あの時代は僕ら一介のサラリーマンでも「何か行動を起こさなくては...」の空気が漂っており、ベトナム戦争を題材にしたシュールレアリズムの反戦絵画を、多く描いた。活動家でもないし、徒党を組むことは一番嫌なタチだから、単独行動が常で一人絵画で反戦した。当時の画家仲間の合言葉は「do not kill in Vietnam!」でした。LAトーランスのソフトウエア開発室の人材採用では、ボートピープルだったトムを優先的に採用したのもそれがあったから。ベトナム戦争は深い教訓で、アリに巨象が勝てない現実を見せつけられた。1969年はまだ車を持てない時代でバス通勤、新清水駅に日立バスが止まるとjazz喫茶5spotへ行くか、時間調整でパチンコ屋へ入る。この時良く流れていたのが弘田三枝子さんの「人形の家」だった。パチンコのジャラジャラ騒音と「人形の家」とで、とにかく凄い時代だった。

2102054jazzを歌わせたらピカイチで、jazz仲間が全員ミコちゃんファンだったから示し合わせて、スイングジャーナルの女性ボーカル部門の1位にミコちゃんになってもらおうと応募をしたものだ。昭和の偉人伝でナカニシ・レイさんは、その「人形の家」の作詞も手がけられ、戦後の引き上げ時に日本に見捨てられた体験を描いたダブル・ミーニングと分かり驚嘆した。「人形の家」はナカニシ・レイさんの怨歌だったのか!反戦絵画の真っ只中に居て、「人形の家」を聴いていてもただのラブソングとしか分からない状態も、今思えば深い出来事であった。

2102051それが分かったものだから慌ててミコちゃんのレコードの買い直しと、cdを入手した。jazzかぶれで、シャレコマなんか冗談じゃあねえや!と粋がっていた時代だから、日本語の「人形の家」はからっきしダメで、英語版のlpだった。

2102055今回のニューカマーは1965年のニューポートjazzフェスティバル出演後に、ビリー・テイラー・トリオで録った幻盤をcd化したもの。このcdの入手にはエラい苦労をした。レコードのオリジナル盤(日本コロンビア)の方が入手は容易。上手い!文句なしに上手くこれで18歳か?恐るべしだったのだ。お二方ともコロナ禍の2020年にお亡くなりになった、ご冥福を...
そして昭和の開いていたページは次々と閉じていく。

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