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2022年1月 3日 (月)

日の丸コンピュータの祖 池田敏雄さん

2201031a社製作のcmosramメモリーデータバックアップボードは、nmi(ノンマスクインターラプタ)の高速処理を持ってしても時々データ破壊する。回路設計者のo氏にカイゼンを依頼するが一向にラチが明かない。産業用の現場での実績が少ないからのトラブルで、データ破壊するたびにお客様に頭を下げて回った。パルスモータタイプの4軸ロボットも限界で、dcサーボモータ化した。そのコントローラにcmosramの苦い経験から富士通のバブルメモリを採用した。バブルメモリーは磁気メモリーだから基本的にデータ破壊は無い。納期は迫っていたがインターフェースに随分苦労しており、思い余って富士通中原のメモリー部隊に協力を要請した。夜半、川崎中原の富士通に到着すると、暗がりにアムダール事務所と看板があり、池田敏雄さんへと思いは繋がり武者震いをした。iaiになる前の清水機電の時代で、1983年頃のことだった。

2201032正月番組で昔のプロジェクトxが流れた。facom100のリレー式コンピュータからfacom m190までの池田敏雄さんの壮絶な歩みだった。改めて発明、開発の行動の原点の確認をしたが、池田敏雄流儀は「感動」であった。この感動の大きさが後の開発者人生を決定付ける重要なファクターなのだ。池田敏雄さんが亡くなって50年近くが過ぎ、コンピュータの主体はメインフレーマでなくてパソコンになり、更にスマホになり、めっきり「感動」の減ったことよ。

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