2022年10月 1日 (土)

山田猛夫さん水彩画展~お魚総本家

2209183_20220927174401山田画伯に別れを告げて、久し振りの静岡の街へ繰り出した。繰り出したとは勇ましいが、松坂屋のラルフローレンへ行くか、グルメを楽しむか、その程度と随分小さくなった。山田画伯の絵は独特な山田ワールドを作り出し、初期の作品から現在まで透明度が高く、緻密、繊細、且つ温かみがあり、生き方そのもののような気がする。1人プロジェクトxで明け方食事に戻り、朝再びjazz喫茶amp工房へ向かう。すると白い清潔なファッションに身を包み、背筋真直ぐでサクサク歩く姿は山田さんで、遠目にも分かりエール交換をする。やっぱりそうだ、人生を賭けられるモノを持っている山田さんは年を取っても、年寄りにはならない。

2209182_20220928082601人格者のkuraiman社長氏のブログは毎日更新されている。365日、槍が降ろうが鉄砲が降ろうが続けている力学は、ある種凄みすらある。過日のブログに、静岡駅のアスティにある「お魚総本家」で鮑のステーキ1,080円を食したとあった。これは行かねばと最初から決めていた。席に着くなりステーキと刺身の両方を注文した。コスパ抜群で「kuraiman社長氏ウソつかな~い」です。アウトレットのすし屋では、同サイズで2,500円もしている。

2209181人格者と表現したのは何を食べても「けなさない」、やっきりしたのでしょうが「けなさない」。これは中々出来ないことです。続いて「かつおの藁焼き」をオーダーする。暫くしてお姉さんが「見てください!」と言う。派手な藁焼きのパフォーマンスはお見事です。いずれも美味しくコスパは抜群でした。帰ろうとすると家人が「松坂屋のラルフローレンへ」と言ったが、雨足を見て強引にタクシーで帰宅した。その後がとんでもない集中豪雨になったのだから、賢明な判断でした。

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2022年9月25日 (日)

山田猛夫さん水彩画展了

2209171生憎の雨天だが静岡市へ向かうならば電車に限る。何年振りかの静岡の街は更に洗練されて、何だかよそよそしい。大体が新静岡で降りて最短でアゴラビルへ向かうはずが、エラく遠回りになってしまった。ニコニコしながら山田画伯が出迎えてくれる。少し前になるが、常連の鈴木さんが「清水南高時代の先生です!」とわざわざ教えに来てくれた。なるほど最大レベルで合点がいった。上手いではなくて巧いが的確な表現だし、趣味の極道の中で絵描きが一番長く、60年を越えているから見る目だけはある。

22091721976年にiaiの前身である清水機電を創業し、1、2年後清水商工会議所から会社の調査に見えられたのが鈴木さんで、何十年が過ぎてjazz喫茶amp工房の常連客となった。そして隣組で何時もエ-ル交換していた山田さんが、鈴木さんの先生で画家だったとは?実に人生は不思議と奇想天外に満ちている。上手い絵はいくらでも観てきたが、上手いだけでは人の心は動かない。

2209173丁度色々あって、そう長い期間では無い仮住まいの時期が23組で、山田さんに親切にして頂いた。校長まで歴任されたと分かり更に納得した。一番上の絵にあるように水面下の見え難い所にその方の人生や生き方が現れ、その表現が美しく感動した。こちらの絵の清流文様の表現はとんでもなく大変だが、サラっとこなしている非凡。なんと言っても真ん中の絵で、その真ん中の木の枝に注目、枝葉末節を主役にしてしまうのだから、これはもう凄過ぎ。この多彩な表現は、今まで出会ったことが無い唯一無二。

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2022年9月 7日 (水)

山田猛夫さん水彩画展

2209041郵便受けに個展の案内があった。葉書からは透明度が高くスーパーリアリズムの水彩画で、とんでもなく巧いコトが分かる。山田猛夫さんとゆう方の個展で、近所にこんなに凄い画家が居ただろうか?それから何日が過ぎた夜勤明けの帰宅途中、散歩中の隣組み山田さんと出会う。早速質問すると「あ~、それ私です。」「えっ!」と絶句する。20年以上の付き合いで画家であることなど全く話に出ないし、こっちも画家崩れなど言っていない。

2209042xjazz喫茶amp工房開店時にレコード持参で駆けつけてくれたのが隣組み唯一の山田さんで、一宿一飯の恩義がある。とゆう訳でオープニングに馳せ参ぜようと思っている。また今日、県の芸術祭が続いていたとも知らなかった。一時プロ登竜門で富嶽美術展に取って代わって、その富嶽が終わって県の芸術祭は終わったとばかり思っていた。再チャレンジするのも良いかもしれない。

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2022年8月30日 (火)

ゲルニカ

2208141マドリッドのソフィア王妃芸術センターの土産物売り場で買った陶板製のゲルニカで、重くて後悔しながら持ち帰ったが今やお宝になっている。キュビスムは嫌いだ!シュールレアリズムだ!とダリに傾倒していたが、巨大なゲルニカの前に立った途端金縛りに会い、涙が滲んだ。批判を浴びたこの絵の発表に際しピカソは黙して語らなかったが、前衛絵画に作者本人の雄弁は要らない。また「全ての芸術は音楽の状態に憧れる」との名言もあるが、それは違う。コルトレーンはライブで聴けないし、会うことも出来ない。絵画は今でもライブだ!ですからゲルニカを見るならばマドリッドへ行くべし、フェルメールを見るならばアムステルダムへ行くべし、天地創造を見るならばバチカンへ行くべし、500年でも1000年でも絵画はライブを待っている。誰だい現代のフランコは?今こそ再びゲルニカに登場して頂きたい。

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2022年7月 8日 (金)

アントニ・ガウディの名言とファッション考

2206231x1996年2月、iaiを辞して家族7人を引き連れてスペイン紀行を敢行した。今でこそイタリアだが、当時はダリ、ガウディ、ピカソ、ベラスケス、ゴヤ、ファリャ、カザルス...キリがないほどスペインの巨匠達にシビレまくっており、即決だった。当時、観光ガイドさんは「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)の完成にはあと100年掛かります!」と申しておりました。その後観光客の増加で浄財が増えて、2026年(ガウディ没後100年を目指した)の完成と予定が早まった。昨年12月にマリアの塔が完成して頂上の星型に光が灯り、コロナ禍の世界へガウディのメッセージが強力に放射された。画像は何枚もある完成予想図を写真に撮ったもので、左の塔が計画時のマリアの塔でしょう。

2206232建築家ガウディの名言に「神は完成を急がない。諸君、明日はもっといい仕事をしよう。」があり、ミケランジェロ(彫刻家であり画家であり建築家)の「出来た時が納期です!」に似て、芸術界の巨匠達は同じようなことを言う。当時はこの画像のように大きな塔の完成は4本だけだったから、現在全ての塔が林立した壮観さにはたまげる。あまりの多忙さと私財を投げうっての建築で浮浪者のような格好をしていたガウディは、教会のミサに出かけた際に路面電車にはねられたが、身なりから巨匠ガウディであることが分からず手当てが遅れて死亡したとなっている。

2206283xですから高齢になると身なりがことさら重要になるのだ。この猛暑で行き倒れた場合、身なりによってはガウディと同じことになりかねない。とゆうことで団塊は身なりも大事との結論に達し、ラルフローレンの優秀なスタッフの皆さんにご指導頂いている。

22062831スタッフの元ラガーマンのo田さんはいつも衣服をきちんと手入れされてコーデに気を配り格好が良い上に清潔感が漂い(お洒落はお代をかけることではない!)、ニューヨークへ出かけても堂々と5番街を闊歩できる。弁護士を目指す「あの方」もラルフローレン発祥のニューヨークだから、ラルフの紺ジャケットとオックスフォードにレジメタルネクタイに白パンツにすれば、汚いどころか格好良いと評価は逆転する。アメリカで仕事をしてきた経験上、ビジネスマンの身なりの汚いは論外です。

2206283ラルフローレンのスタッフの皆さんはボスを「ミスター」と呼んで尊敬している。創業者ラルフ・ローレンさんはブルックス・ブラザースでネクタイを担当し、1967年にラルフローレンブランドを立ち上げた、カリスマ創業者です。ですから1967年の67の文字が衣服デザインに多く登場し、創業の地がワシントンスクエア近くのブレーカー通り(ここには公園もありjazzの映画も撮影された閑静な通り)381番地で、381の文字も登場する。この1967年はあんぷおやじが日立へ入社した年、また尊敬するジョン・コルトレーンが亡くなった年でもあり、ポロシャツの67の文字に特別な重みを感ずる。ですから、終のファッションに決めた理由が「ミスター」の67文字にあります。55年前の日立の自分のコードは317670052で今だにスラスラ言えて、忘れないもんだねえ~。

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2022年6月18日 (土)

反戦絵画の前衛 地には平和を

2206171xx当時は時代がビートルズだったから反戦の旗手となり、世界的ムーブメントを引き起こした。ウクライナ戦争の現代は隣国の人気者7人組が反戦ムーブメントを引き起こすなど無い...だろうな。偶然にもコルトレーンのピース・オン・アースと同じタイトルの「地には平和を」が1967年の作で、ベトナム戦争真っ只中。芸術祭に出展するために50号と中身の15号の2点描いた。この1ペアで且つ額を付けずに空間開放展示物としたら、前例が無く審査員の間で相当に揉めたらしい。中身は紛失してしまって無いが、画像のような状態になる。中身が主題でそれを展示した状態表現をしたかった。結局この時は50号1点で了解してくれと、芸術祭側から打診された。もうこの年になると自画自賛でもないが、今見て驚いた。若干18歳でこの前衛は後にiaiでさまざま開発する奇想天外の原点が、ここにあった。技術は稚拙で今ならば写真のように上手く描けるが、上手いだけでは絵ヂカラは出せず、jazzも同じに思う。1967年から勘定して55年目にして戦争の胸苦しい思いを、今またしている、人類は愚行の輪の無限ループからは抜け出せないのだろう。

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2022年6月 2日 (木)

絵力と音力 ミケランジェロとコルトレーン

2205290カッラーラに石切り場に8ヶ月も篭り「大理石の中に彫るべきものが見える」と天才ミケランジェロはかく語る。教皇ユリウス2世の霊廟製作で数十体の彫刻を彫るために大理石を選択して購入したが、ユリウス2世はそのお代を払おうとはしなかった。「フランス軍との戦いで資金尽きたのか?」ふて腐れたミケランジェロは仕事を投げ出して故郷フィレンツェへ帰ってしまった。

2206012xしかし強引に呼び戻され、霊廟製作は後回しでシスティーナ礼拝堂の天井画を描けと命じられた。これには諸説あるが、建築家ブラマンテが彫刻家ミケランジェロに絵を描かせれば失敗して恥をかくだろうと企み、ユリウス2世に進言した。ユリウス2世が「いつ完成するのだ!」と問えば決まって「出来た時が納期です!」と答え、現代開発者にも通ずるミケランジェロno1の名言です。天地創造の一番のお気に入りがこの画像で、真ん中の創世記「大地と水の分離」の神の構図は当時としたらとんでもない革新です。この時は慌ててキャノン・イオスに200mmをつけて撮影したが薄暗がりの20m上空ではこれが限界、500年も経つと著作権は画像の撮影者にありのようですが、果たして?

22052901 システィーナ礼拝堂の天地創造と最後の審判はフィレンツェ のウフィツイ美術館で観た聖家族の上手さにぶ厚さが加わり、これほどの絵力は他には無い。jazzで言うなればレキシントン盤の音のぶ厚さに通ずる。

2206013写真撮影禁止が撮りまくりの事態に「写真は止めてください!」の声が飛び交い、神聖なる礼拝堂は騒然となっていた。これには即座に反応して天井画に見惚れている人物像も撮影しておいたが、人物が映りこんだ天井画の画像は殆ど無いはず。言っちゃあ何だけど昔も今もたいして変わらず、免罪符の代わりに2000円ほどの入場料を取り、しかし人の入れ過ぎではないでしょうか。情報量においてカラバッジオ、ぶ厚さにおいてミケランジェロ、これを加算して真空管jazzのコルトレーンを銅式アンプと水晶粒防振構造化で実現したい。団塊最後の望みですかね。

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2021年12月19日 (日)

油絵とSnow Beach

2112160コルトレーンが亡くなった1967年は県の芸術祭へデビューした年で、運良く上位へ入った。この年の大賞は大庭裕輔先生で、後に審査員となられてあんぷおやじを随分引き立ててくれた。タイトルは「地には平和を」で反戦絵画の始まり。主審査員の土方定一先生の評価は「シュールの傾向であるが技術が高い、思想的な意味がよくわかる」とあり、しかしこの技術が高いは全く持って当て嵌まらず、下手だからこそ寝食忘れて夢中で描いた。「貧しきものは幸いなり」と聖書にあるが、技術が無いからこそ努力し現在進行中の新技術開発機構も前へ進む。

2112161時を同じくしてブルックスでネクタイを担当していたラルフローレンが、ワシントンスクエア近くにお店を構えた。これがラルフローレンの始まりで、ファッションに1967とか67の文字が踊るのもそのせいなのだ。1992年、1993年のSnow Beachやスタジアムの復刻盤が、2018年の2月にラルフローレン キャットストリートで抽選で発売され、長蛇の列となった。

2112184こっちは東京が嫌いだし、はなっから出かける意志も無いし、なんだか別世界の出来事に見えていた。それが御殿場のラルフローレンs氏のlo-lifeの薦めで、すっかり嵌ってしまった。更に1992スタジアムシリーズでなくて、Snow Beachシリーズなのだ。その理由にハタッ!と気付いた。そうか油絵を描く時好んで多用している色なんだ。ライフワークは「愚行の輪」でその1作「再生のアイロニー 1972」が研究室に飾ってある。黄色に赤に黒にアメリカの国旗、我ながら納得でした。

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2021年11月29日 (月)

ダ・ヴィンチの最後の晩餐模写

21112912度目のイタリア紀行で遂にダ・ヴィンチに会った。正面に見える赤レンガ作りの建物がサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院で、ここの食堂に最後の晩餐がある。何が凄いかって?1495年当時パトロンの教会の指示を無視して次々革新を成し遂げたことで、本人の天才もあったが原動力は人と同じコトをしない反骨からくる創造力なのだ。あんぷおやじ流儀もダ・ヴィンチ流儀を参考にしているから苦労は絶えない。

2111293画像出展:wikipedia
勉強をしない、他人の意見を参考にしないは長年やってきたことで、最後の晩餐の模写があるなど知らなかった。wikiより「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にあるレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を、ジャンピエトリーノ(イタリア語版)として知られる、ジョヴァンニ・ピエトロ・リッツォーリ (Giovanni Pietro Rizzoli) が模写した作品について...」何と最後の晩餐の模写が存在しており、現在の32bit,192kサンプリングに出会ったようで、情報量の多さにたまげ解釈まで違ってしまう。本物は真綿で首を絞められたような金縛りがあり、更に欠如した情報の補間による創造活動も組み込まれた、あのボロボロの本物のダ・ヴィンチは凄い。だから言わんこっちゃあない、模写など知らなくても良かったのだ。

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2021年11月 5日 (金)

絵ヂカラ力学 ゲルニカ

2111042キュビスムは嫌いでシュールレアリズムが好きとは、古典に回帰した今考えれば似たり寄ったりで滑稽な感じがする。1996年の2月、20年の満期を持ってiaiを辞して、予てからの計画だったスペイン旅行を家族全員(7人)で敢行した。今なればイタリアなのだが、当時はダリに傾倒していたからスペインだった。バルセロナのピカソ美術館 (Museu Picasso) は、ピカソの幼少期から「青の時代」の作品群があり、キュビスム前の天才画家を観ることができた。見ても見えないし、聴いても聴こえない。本当に見えたならば描けるし、本当に聴こえたならばアンプは作れる。だから写真はその時「何を見ようとしていたか!」の証拠になり、大事なのだ。

2111041マドリッドでオプションがあり、「ソフィア王女美術館へゲルニカを観に行こう」を選んだ。ピカソならばゲルニカで小学校の頃から知っている、知っているが好きな絵ではない。軽い気持ちで大きな空間に展示してあるゲルニカの前に立つ、途端に金縛り状態に遭い、涙が止まらなかった。某国営放送でゲルニカの番組が放映されて初めて苦難のゲルニカを知り、なぜ金縛りになったのか、一端が国営放送から理解できた。好きでないから予備知識も無いし勉強もしていない、それで感動するのだから凄い絵ヂカラなのだ。まあ、ここで終わらないのがあんぷおやじ流儀で、ラグビーをやっていた末っ子は当時小学1年、ゲルニカの前で歯が1本抜けた。そこでその歯を持って近くにある火災報知器の隙間に入れた。国営放送からもその火災報知器が映り、ゲルニカは完結した。

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