2019年8月24日 (土)

ハンガン(漢江)ブルース

08241ボスの要請で初めてキンポ空港へ降り立ったのは、オリンピックで沸いた翌年の1989年の冬だった。噂どおりニンニクの香り漂う空港ロビーへ手看板を持って出迎えてくれたのは、仕立ての良いスーツをスマートに着こなした体格の良いlee専務だった。挨拶を流暢な日本語でしたものだからてっきり日本語ができると安堵したがそれまでで、仕方ないから英語にするがそれも分からずで、格好良く見えたのはそこまで。到着したのは何とビジネス中心街の世界貿易センタービルの27階、ロス帰りの社長のmr.anがにこやかに出迎えてくれる。眼下に極寒のソウルの町が広がり、所々バラックがあったり暖房の蒸気がもうもうと立ち込めたり、漢南(カンナム)の動き始めた新都心だった。日本語のできる美人秘書のkimさんの登場で、やっと緊張の糸がほぐれる。翌日からのとんでもない厳しいスケジュールなど分からないし詮索もしない、その日は国際級ホテルのインターコンチネンタルソウルへ落ちついた。やがてこの国際級ホテルが定宿になるなど、その時は思いもしなかった。さて翌朝、昨日までのハインセンスな国際級からインディジョーンズ丸出しの冒険旅行となり、砂塵を巻き上げて疾走する昌原(チャンヲン)行きのバスへ飛び乗る。初日はいきなり三方を山に囲まれた(爆撃されないため)軍需産業の三星エアロスペースで、入り口ではパスポートを取られてがんじがらめの状況の中、ロボットセミナーは始まる。かくして韓国全土を営業&技術で講演して回った。

08242総仕上げが南山(ナムサン)タワーホテルの会議場で、三星、ゴールドスター、ヒュンダイなど名だたる企業の選抜メンバーを集めてのロボットセミナーとなった。元々専門用語の塊のロボット及び制御装置のセミナーは通訳のkimさんには荷が重く、上手く通訳できない苛立ちできつく当り、うっすらと涙を浮かべていたさまには気の毒をした。三星のドクターにはエラく気に入られて度々の訪問を要請されたり、ヒュンダイでは先生と呼ばれて大歓迎された。韓国科学技術員の研究者は今思えば冬のソナタの俳優にも似た色白の上品な青年で、随分と熱心にロボットについて議論し親しくなった。

08243朝8時に工業団地の企業へ出向きセミナーを開始し、夕方7時に終了で1日5企業も回る日もザラであった。こんな時は流石に疲労困憊で涙が滲み「なんでこんなに一生懸命なんだろうか?」と自問自答したが、その答えは未だに見つかっていない。何日間かの地方巡業を終えてソウルへ戻るとなぜかホッとし、これの繰り返しだった。ハンガン(漢江)の奇跡と韓国経済の急激な発展を形容したそのハンガン(漢江)にたたずむと、夕日が沈み洛陽のハンガンブルースと相成った。

08244mr.anのお疲れさま接待は決って高級クラブにデスコティック、どうゆう訳だかディスコティックと言う。この時代は既に整形ばやりで高級クラブの女性は美人ばかり。mr.anに「自分にはこうゆう場所よりjazzクラブが似合いますから是非お願いしたい」「ようがす、ハイヤット・リージェンシーのjazzクラブへ行きましょう」。画像はハイヤット・リージェンシーから眺めたソウルの夜景で実に美しい。勇んでのり込むとステージで演奏していたのはフィリピンのロックバンドで「あの~、これjazzではないのですが...」「い~や、jazzです」なんだい、この国にはjazzが無いのか!jazzと称してロックバンドではお話にならない。それから何年も掛けて元ニセモノ街のイーテヲンに「オール・ザット・ジャズ」とゆう名称のjazzクラブを見つけたが、jazzの認知度、浸透度は低くかった。友人のjazzピアニスト青木弘武さんの言葉「日本人は我慢の国民で黒人の我慢に似た所があり、アメリカ以外で珍しくjazzが根付いた国」に全てがある。足掛け10年以上も韓国営業をしたが、隣国でアジア圏でしかしjazzもロックも区別がつかない(最近の東京jazzも妖しい)国へ、2度と訪問するチャンスはない。

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2018年10月 2日 (火)

木曽路温泉紀行「ホテル富貴の森」

1清内路峠がまだ砂利道の45年前、LB2000gtでドリフトしながら何度も駆け抜けた。その若気もはや古希、ドリフトどころか如何に自動運転してくれんか!の齢になった。伊豆の定宿は都合で行けなくなり、駒ヶ根の定宿は友人の支配人の退社で行けなくなり、温泉の定宿を探し求めていた。ホテル富貴の森 は√256から山中へ入るため、全く気付くことも無かった。ネットの評判に後押しされ、台風一過の惨状を目の当たりにしながらamgを駆って出かけた。

2湯がいい、なんともいい、鼻先まで沈み込み温泉の神様をス~ッと吸い込むと無味無臭にヒノキの香りが淡く漂い何とも心地よい。露天の湯は若干ワイルド、室内の湯はマイルドで同じ湯ながらこの変化は絶妙でたまげる。食事もまたいい、信州牛のステーキコースならば10,000円もとられそうな上質と量、素朴なお姉さんの説明もまたいい。木曽路の山中に本普請の温泉宿を見つけた。

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2017年9月11日 (月)

レクイエム 9.11

Twin2x_21996年11月、
ニューヨークは既に初冬、ハドソン川のナイトクルーズはフォーマルファッションの必要があり、入り口でエンジ色のジャケットを借りる。船上のディナーショーは滅法洒落ていて生バンドに無名?のボーカリスト、そんじょそこらのjazzボーカリストが太刀打ちできないくらい上手く、アメリカのエンターティナー世界の奥深さを知る。船上から眺めるツインタワーは圧巻で、視界からはみ出すほど大きく美しい。

Riverxマンハッタン対岸ブルックリン橋袂のリバカフェからツインタワーを最後に確認したのは1999年夏のこと、2年後にツインタワーは消滅して、ニューヨークを訪れる理由のひとつを見失った。

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