2013年12月19日 (木)

カルメン・マキ論

Makix当時カルメン・マキ論なるものが登場して論じられたが、音楽など論を持つべきでなくて自問自答して心で論ずればよい。ただ直に音楽(jazz)聴くべし!である。

絵画の世界も同じで、論が力を持ってからゲージュツはつまらなくなった。

音楽(jazz)は望遠鏡で、はるか彼方の我が思いを見ることが出来る。カルメン・マキはあの時代の思いを蘇らせ、最近の”狂”がつく迫真の音は論など微塵にしてしまい、ただ音楽(jazz)を聴き続ける。

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2013年9月11日 (水)

レクイエム 9.11

911xxブルックリン地区から

世界貿易センタービルを見る

洒落たリバー・カフェ横の

ブルックリンパークでは

何組かの新婚さんが

記念写真を撮影していた

あれから12年が過ぎて

世界貿易センタービルは無く

世界は変わっちゃあいない

大丈夫かい?地球星

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2013年7月 2日 (火)

驚異のトレド

Toledoxお好きにどうぞだが、自然が作った物より人間の作った物の方が面白い。

旅行社の作戦でしょうが、いきなり眼前にトレドの全景が現れ腰を抜かす。

大聖堂が中心で周囲の建物も同じトーンで統一されて、都市計画が素晴らしい。同じコトはヨーロッパの各地で見受けられる。

我が町清水(市)を眺めると、てんでんバラバラで都市計画は一体どうなっているんだろうか?時代は進化したなどと言えない、驚異のトレドを見てしまった。

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2013年6月22日 (土)

システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展

Micxシスティーナ礼拝堂
500年祭記念
ミケランジェロ展
天才の軌跡
会期:2013年9月6日
~11月17日

システィーナ礼拝堂の天井画は剥がして持ってこれない。よって見るならば必然的にヴァチカンを訪問するしかない。しかしこれがいいのだ!

絵画はライブに限る。
その場所へ行き、ミケランジェロが吸った空気を同じように吸い、ミケランジェロが歩いた道を同じように歩き、ミケランジェロが見たテヴェレ川を同じように見る。

jazzはレコードに限る。
ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードへ行ってもジョン・コルトレーンは聴けないし、サンフランシスコのキーストン・コーナーは既に無くjazzは聴けない。

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2013年6月13日 (木)

Bill Evans The Complete Riverside Recordingsからの手掛かり

EvansxBill Evans The Complete Riverside Recordingsの録音は、1956年の9月から始まり1963年の6月の7年間で終わっている。

録音の始まった1956年はブルーノートも1500番台のレキシントン盤が現役で、分厚い音が元気な時代であった。

そこでBill Evans The Complete Riverside Recordingsを年代順に再生して、音がどのように変化していったかを注意深く観察してみる。

side1~side6までが音が少々厚く(分厚くはない)monoで年代は1956年から1959年、それ以降の1961年からはstereoで聴きなれたワルツ・フォー・デビーの時代へとなり、厚さは消えてきめ細かくなる。ただside6までは少々厚いが音の輝きが少ない。レキシントン盤は分厚く音が輝き、別格を改めて思い知る事となる。

Bill Evans The Complete Riverside Recordingsで音の分厚さの謎解きの手掛かりが少なからず得られ、研究は更に進む。

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2013年6月 8日 (土)

ウフィツィ美術館のミケランジェロ

Mic画像出典:wikipedia

毎度ながら恨めしいのがウフィツィ美術館の撮影禁止である。100歩譲って、フランクフルトのシュテーデル美術館のように有料でも構わない。

画像の”聖家族”は、1507年頃イタリアルネサンスの最盛期に、ミケランジェロが描いた油絵の傑作、この後ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂天井画の製作で、フィレンツェを離れローマへ行くコトとなる。

Micxシスティーナ礼拝堂は天井が高くしかもフレスコ画、ミケランジェロの技を見るにはチト遠すぎる。

この作品はウフィツィ美術館の展示室で至近距離で見ることが出来て、彫刻家ミケランジェロの天才ぶりに腰を抜かした。

wikipediaの上画像はコントラストが強すぎで、下画像のように修正したがまだ本物にはほど遠い。彫刻ピエタ像のようにきめ細かく繊細で、透明的でクリーミーで周囲をやわらかくする表現法は、後にも先にもこの絵しかない。

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2013年5月29日 (水)

ラファエロの間 了

Raffa5x署名の間の”パルナッソス山”

ラファエロの間の画像は、珍しくwikipediaの方が画質が悪く参考にならなかった。あんぷおやじ撮影の画像の方が鮮明。

Raffa6xxあきらかにミケランジェロの影響か?筋肉質の肉体が見えるボルゴの火災の間の”ボルゴの火災”

Raffa7xx最後に登場が同じくボルゴの火災の間の”レオ3世のカール大帝への授冠”

聖母子シリーズの優しく中性的な魅力のラファエロも、システィーナ礼拝堂でたった一人で描いているミケランジェロへの嫉妬心か?憧れか?ドラマチックな劇場的絵画に、正直圧倒された。

ラファエロ展(2013年3月2日~6月2日、国立西洋美術館)に合わせて、好きなルネッサンス期の巨匠ラファエロの特集を組んでみました。

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2013年5月26日 (日)

ラファエロの間 Ⅱ

Raffaxユーミン似で女優兼絵画史研究家でガイドの淳子さんが”予定を少し変更してバチカン宮殿にあるラファエロの間を見学します!”と言う。

参考:
”ラファエロの間”はコンスタンティヌスの間,ヘリオドロスの間,署名の間,ボルゴの火災の間,の4つの部屋の総称。

お足も地位も名声も世俗の富は死と共に消えうせるが、残された絵画は永遠に残る。依頼者(パトロン)のローマ教皇ユリウス2世は1513年に亡くなり、ラファエロ自信も夭折で1520年に37歳で亡くなる。よってラファエロ自身、ラファエロの間の完成を見ることは無かった。

風雲急を告げたドイツのルター宗教改革、スペイン軍のローマ略奪などカトリックの威信が揺らぐ前の平穏な時期に、ラファエロが描いた”聖体の論議、1508~1509年”を撮影した。システィーナ礼拝堂は天井が高く光が弱くて撮影困難、ラファエロの間は絵がデカ過ぎの至近距離撮影を要求されるが素人のあんぷおやじには無理、この画像が精いっぱいでした。

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2013年5月22日 (水)

ブルーノートレキシントン盤、そして借り物

Bluexこの世の富を唯一とすると途端にもっと大事なモノが逃げ去る。

この程度は歴史を少し紐解けば直ぐに分かり、芸術の芸の世界に携わる人間には特に重要なことである。

とゆう訳で富の無いステージは良いこと尽くめで、なぜかレキシントン盤が寄ってきた。よってブルーノート、レキシントン盤の真実、オーディオの真実に少しでも触れてみよう。

しかし問題はその後である。野口先生の10万枚のレコードは師匠ベイシーの所へ行きベイシーが責任を持って演奏しているから安心であるが、その後は?一番困るのがゴミ扱いされること事で、あんぷおやじは弟子のkouhei君に託してある。

全て物質は借り物である事を承知して、知に富を積むべし。

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ラファエロの間

Raffax昭和30年代も後半、漫画家がプロダクション制を敷いて分業化が始まった。

漫画家をヒーローと見ていたあんぷおやじは、プロダクション制の分業化にえらく幻滅した思い出がある。

画像はラファエロの間にあるラファエロ作”ボルセーナのミサ、1512年”で、既にユリウス2世の秘蔵っ子だったラファエロは弟子達を多く使い、盛んに分業化をやっていたのだ。

一方システィーナ礼拝堂ではミケランジェロが弟子達の不甲斐なさに全員首にして、何と1人で天井画を描いていたのである。よって1人プロジェクトxの先駆者として認定しよう。

分業化は芸術を職人術と変えてしまう。分業化で多作なラファエロより、苦しみぬいた1人プロジェクトxのミケランジェロが魅力的だね。

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