2013年7月 6日 (土)

エリック・ドルフィー

Ericx1961年11月2日
ニューヨーク、グリニッジヴィレッジのヴィレッジ・ヴァンガードはタバコの煙、食器の甲高い音、ざわめき、満員の聴衆は息苦しさを忘れ登場を待った。
インパルスの名プロデューサー、ボブ・シールは若干の不安を隠すかのようにパイプをひっきりなしにふかし煙で霞む。
ルディ.ヴァン・ゲルダーは狭いステージに5~6本のマイクを持ち込み、難しいセッティングに余念がなく、2トラックampex300だけが静かに待機していた。
ヴィレッジ・ヴァンガードのオーナーのマックス・ゴードンは、客の入りに満足げで、このライブは後世に残る名演奏になると確信していた。

冒頭、スピリチュアルのエリック・ドルフィーは伏し目がちで静かな表情とは似つかわしくなく、黒呪文の如くギュルギュルと絞りだしたバスクラリネットの咆哮は、3年と迫ったとわの旅立ちを暗示していた。

参考文献:J.C.トーマス、コルトレーンの生涯

|

2012年9月22日 (土)

イタリアルネッサンスと桃山ルネッサンス

Bott癪なのは写真撮影が禁止であるコトと、観光客が多くてゆっくり鑑賞できない...
あんたも観光客だろうが、のウフィツィ美術館でした。

画像では分かりにくいが、サンドロ・ボッティチェッリのプリマヴェーラ(1478年ウフィツィ美術館)の足元には、草花が丹念に描かれている。しかしリアリティは乏しくどちらかとゆうとイラスト的である。

プリマベーラの足元ににじり寄り、穴の開くほど見つめていると周囲の怪訝な視線が...おまけ:画集では理解の及ばない本物の世界は、感動的デス。

Touhaku一方日本では桃山時代の長谷川 等伯がいる。あんぷおやじ流儀では桃山文化を日本最高峰と決めている。

1592年頃となっている京都・智積院の楓図、ボッティチェッリからは年代が少し離れるが、長谷川等伯は後期イタリアルネッサンス時代と一致して、10000kmも離れて同時期に文化が蜂起した事実は、何と説明付けようか?

よって桃山ルネッサンスと呼ぼう!

|

2012年8月30日 (木)

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

Carax望郷の念と言って舞い戻られても迷惑だし、疲れたと言って前衛を辞めるのも迷惑な話デス。

一度決めたら生涯貫く覚悟が必要だが、途中で投げ出した連中は妙に頭が良く言い訳も上手くて感心してしまう。

真面目にコツコツ写実を本筋と描き続けて、気が付いたら前衛のライバル達は居なくなった。

イタリアルネッサンスからバロック期の橋渡しがミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョで、スペインのベラスケスもオランダのレンブラントもベルギーのルーベンスもカラヴァッジョに大いなる影響を受けたと知り、3者とも好きな画家だが根っこは一緒なのだ。

サン・ルイージ・デイ・ フランチェージ教会で”聖マタイの召命、聖マタイと天使、聖マタイの殉教”の3部作をじっくり鑑賞するには、ローマに長逗留したいのだが...

|

2011年5月29日 (日)

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

Caraba芸術家は品行方正でなければいけない!なんて誰が決めたのだろうか?いや誰も決めてはいない。

そうなんだがややっこしくするのがミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)で、過激な性格故とんでもない絵画を描き上げた。

増してやサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(San Luigi dei Francesi)の礼拝堂で、品行方正でないカラヴァッジョに良く描かせたもので、後世の我々には福音である。

コンタレッリ礼拝堂に掲げられた”聖マタイの召命、聖マタイの霊感、聖マタイの殉教”はおおよそ教会には相応しくない生々しい人間を描いているが、カラヴァッジョは宗教も超越してしまった。

次回予定のローマ滞在は1週間で、ヴァチカンとサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会だけの絵画鑑賞だが時間が足りない...

|

2011年4月 1日 (金)

ミケランジェロ.メリージ.ダ.カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)

Carav謎めいて妖しい雰囲気が魅力的なカラヴァッジョの作品はフィレンツのウフィツイ美術館(画像:若きバッカス)で初めて観た。

更には少々危険な香りのする魅力にやられた!

生き方や人生感が破天荒で余り良い印象を持っていなかったが、絵を見た瞬間に吹き飛んでしまった。

そこで今回はサン.ルイージ.ディ.フランチェージ聖堂で”マタイの召命”を観たかったが叶わず...残念。

実は模写プロジェクトにカラヴァッジョが割り込んできて、ややっこしい事態になっている。

|

2009年8月10日 (月)

イタリア紀行 その100 サン.ジミニヤーノ

San33イタリア紀行サン.ジミニヤーノの決めの1枚です。

サン.ジミニヤーノの中心地点、チステルナ広場は四方を石の建築物に囲まれて実に美しい。

デジカメは優れものでsdカードやコンパクトフラッシュメモリーを追加で購入持参し、数撃ちゃあ当たる!論理でとりまくった。

印象派コピーの時代はヨーロッパの風景写真で苦労したが、現在はライブ感と膨大な証拠写真があり、これだけでも十分豊かな時代になったものだ。

|

イタリア紀行 その99 サン.ジミニヤーノ

San31イタリア紀行サン.ジミニヤーノの決めの1枚です。

ニューヨークのツインタワーに思いを馳せ、石塔の絶妙な色に惹かれ、油絵が描きたくなる見事な風景だ。

この様に縦横の寸法がカンバス標準でない場合は特注で作らせる。まだ駆け出しの頃はよく自分でカンバスを作ったもので、木枠が強度不足でねじれたり素人細工に困った。

カンバスや絵具が自由に買え、これだけでも十分豊かな時代になったものだ。

|

2009年7月26日 (日)

古都シエナを描く

Sie133_2シエナで一番気に入った前記事の写真からマンジャの塔を空中に浮かし、少々目立つ手前の大きな洗濯物は消し去り、色調を制御して、描きたい絵(シュールレアリズム)の原稿を作った。

後は写真にはない超リアルさで描けば古都シエナの重さが伝えられる...

photoshopで加工したが稚拙な技術で、使いこなしたら相当な事が出来る。

|

2008年6月18日 (水)

シュテーデル美術館4

Sta_2Philipp Veit の作品とゆう事になっているが、初めて見る作者で19世紀の作品。肖像画だがカメラが発明され写真に変わリつつある時代背景があり、細密描写の極致に思える作品です。

毛皮の表現はチョット描けん!と思わせるような描写力で、特に写真に撮ってしまうと筆のタッチが見えずどの様に描いたか見当がつかない。この時代はレース、髪、毛皮などの表現に腕前が現れ競いあったのだろう。

Oilシュテーデル美術館のパンフレットをなくしてしまい作者が不明ですが、大作でこの絵の前に一番長く留まった。

現在インターネットで調べてもこの作品は美術館のライブラリーには載っていない。

布の質感は素晴らしく、もっともこの辺りは好みの問題もあるが、絵に触れんばかりに近づき筆のタッチを凝視した。写真では筆のタッチは殆ど消えてしまうが、実物は200号以上の大作で良く分かり大変参考になった。

|

2008年4月13日 (日)

プラド美術館のゴヤ

Goya2_2 フランシス.デ.ゴヤはスペインを代表する画家で主要作品はマドリッドのプラド美術館に展示されている。JAZZは必ずしもライブが良い、とは言い難い現代だが、絵画鑑賞はライブに限る。画集では分からない深みや不可解さは現場を訪れて初めて気づき、絵の音を聴く。

”着衣のマハ”は余りにも有名な作品で、この展示場所はプラド美術館の中で一番渋滞する所で、落ち着いて鑑賞できずライブ唯一の問題点でもある。画家の端っくれあんぷおやじは第一に近づき筆のタッチを見る、ん!描けそう、いや無理?

Goya1_2突然ゴヤの作品が激変する。フランス軍の侵攻を描いた反戦絵画で見るものを圧倒する。2006年組名古屋グルメツアーで訪れて名古屋市美術館にこの作品のデフォルメコピー作品が展示されていて、この作品のインパクトがそれだけ強いのか?

|

より以前の記事一覧